第11話 無料には気をつけろ
「どうだ小僧、課題は楽勝か?」
「楽勝ってわけじゃないですけど何とかできそうな気がしてきました」
「そうかそうか。それは良かった。泣き言を言ってたのがウソみたいだな」
5月も半ばになり外に出るのには最高の季節。デイサービスの仕事をしながら話をするのもすっかり慣れた。
今日の授業が始まる。
「小僧、今の世の中は『無料』があふれているがこいつがなかなかのくせ者で油断ができないぞ。何せ『タダほど怖いものはない』と昔の人は言ったからな」
「え? なぜですか?」
進は問う。ススムはそれを聞いて、こいつは分かってなさそうだな。と思い言葉を紡ぐ。
「無料というのは絶大なパワーを持つんだ。「リンツのトリュフ」という高級チョコレートと「ハーシーのキス」という大衆向けのチョコレートを売る実験で、
最初は「リンツのトリュフ」を15セント、「ハーシーのキス」を1セントで売ったら「リンツのトリュフ」の方が多くの数売れたそうだ。
だが「ハーシーのキス」を無料にしたら売れた個数が逆転したという研究結果がある。今は特に娯楽関係は無料の物が多いから感覚がマヒしているだろうが、このように無料という言葉には凄まじい威力があるんだ」
ススムはとある実験を引き合いに出し、無料の力を諭す。
「無料の威力を体験できる例はほかにもある。昔、ビックカメラが「100人に1人会計がタダになる」というキャンペーンをやった所好評で、
他の店でもその手のキャンペーンを行うようになったんだ。小僧、ずいぶん気前のいいサービスだと思わないか?」
「そりゃそうですよ。だって会計がタダになるんですよ?」
「それ見た事か。小僧、お前はすでに無料の魔力に支配されているではないか」
「?? どういうことですか?」
とまどう進に対し、ススムは眼力を高めながら言う。
「小僧、よく聞け。「100人に1人タダ」というのは店側からしたら「1%オフ」と全く変わらない。
だが「タダ」という魔法の言葉をつけることで魅力的なキャンペーンだと
「!! あ、そうか!」
教え子が気づいたのを見て、教える側は話を続ける。
「気づいたようだな。小僧、これだけは絶対に忘れるな。無料で使えるコンテンツというのは「どこかの誰かがお前の代わりにカネを払っているから」無料なんだ。
まず広告だな。広告のおかげでフェイスブックもツイッターも無料で使えるし、ヤフーの検索も無料で出来るし、ユーチューブも無料で利用できるのだ。
他にもフリーペーパーというのはお店の宣伝をしたい者たちがカネを払っているから消費者は無料で手に入れることが出来るんだ。
消費者からしたらタダに見えるが実際にはタダではなく、店舗が身銭を切って負担しているんだ。
もっと身近な例ではポイントカードのポイントというのは各店舗が「原資」を払ってるからこそ実現出来る事だ」
ススムの話は続く。
「ここまで無料の物があふれていると感覚がマヒしてしまうだろうが、
世の中に存在するものにはペットボトル1本から超高層ビルに至るまで何かを作るには必ずカネがかかっており、それを誰かが負担している。というのは覚えとけ。
そのコストを払うのは利用者自身なのか、あるいはスポンサーなのか、もしくは別形態のサービスの利用者からなのか、それを考えることは今後の社会を生きる上では重要な事だろう」
老人は若者に向かってそう説く。無料には気をつけろ、と何重にも釘をさす。
「技術の進歩はすさまじく早い。オレが若いころには無料の物なんてほとんどなかったが、今ではマンガも無料、動画も無料、小説も無料、ゲームも無料、大抵の情報にアクセスするのも無料、と特に娯楽の分野では無料になった。オレが若いころからは考えられんことで、誰もこんな未来が来るなんて予測できなかった」
ススムは遠い過去の日を思いだしつつ進に説く。
「無料の威力のすさまじさはソシャゲがいい例だな。あれは「無料で遊べる」と言ってるくせに「10万円でも20万円でもカネを突っ込める」ようになっているし、
実際にお目当てのモノに対して10万円、20万円突っ込んだ愚か者だっている。
ゲームと言う名の「集金装置」を作っておいて平然としていられる連中も狂ってるし、それにカネを出す連中も狂ってる。
狂人が狂人を相手に商売しているようなものだ。考えるだけでもおぞましい」
80を超えた人生の先輩はハァッ。とため息をつきつつ青年に語る。
「他にも人間は「有給で働かす際は1円を惜しむが、タダ働きさせるためだったら湯水のごとく金を使う」ものだ。実際東京オリンピックの際にはボランティアの募集に大金をはたいたそうだ。結果的に雇用したほうが安く済むことすらありうるというのにな。
このように『無料』という言葉には人によってはカネ以上に魅力があると思わせる魔力を持っているものだ。
カネの魔力と同じくらい、いやそれ以上に気を付けないとあっという間に搾り取られるぞ。気をつけるんだな」
【次回予告】
ススムから出された課題に取り組む進。それと並行してススムは「好きなことだからこそ味わう苦痛」を語る。
第12話 「好きな事を仕事にする苦痛」
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