5月

第9話 常に頭を使え

「月に給料の3割を貯めろ」という課題を出されて数日……進はほとほと困り果てていた。どう頑張っても3割を達成できることは不可能だったからだ。


 課題を出されてから数日後、進はススムに相談しに来た。


「ススムさん、やっぱり俺の頭じゃ上手い方法が思いつきませんよ。1割だったら何とかなりますけど3割となるとどうやりくりしても余らせることはできませんよ」

「フン。ついに泣き言を言い出したか小僧。まぁいい。お前は他の連中と違ってまだ見どころがあるから「特別に」アドバイスしてやる。ありがたく思え」


 傲慢ごうまんな口調だが言う事は的確なススムは話し始める。


「いいか小僧。人間の脳は人間の持つ臓器の中で最も多くのカロリー、つまりはエネルギーを使う。平均して人間が1日に必要とするカロリーの20~25%を使うとされる。体重比では全体のたったの2%にしか過ぎないというのにだ。

 地球上に存在するありとあらゆる生物の中で最も優秀な頭脳があるから人間はこんなにも巨大な文明を築けたのだ。

 だがあまりにも頭脳が優秀過ぎるせいで「普通の人間」には脳の性能を持て余している。出来るだけ頭を使わないほうがカロリーの消費は抑えられる。だから凡人は頭を使わない。

 狩猟民族時代はそれでもよかったかもしれんが、餓死者がほとんどいない現代日本では通用しない」


 ススムは話を続ける。


「小僧、オレの英知を授かりたいのなら困難に対して頭脳を使え。

 脳は使えば使うほど性能が良くなる。走り続ければ体力がついてより早く、より遠くまで走れるようになるのと同じだ。

「出来ない」と決めつけ思考停止するのではなく「どうすればできるのか?」と考え頭を使うことだ。

 なに、全部自力でやれとは言っていない。自力では無理そうなら周りに聞いてもいいし、パソコンやスマホの1台くらいは持ってるだろ? それで検索でもすればいい」

「そ、そうですか……」


 進は老人の言葉に耳を傾けていた。

 てっきり自力で考え付けと言われたような気がして無理そうだと思っていたが、他人のアドバイスを聞いてもいいし検索してもいいとわかって少し楽になった気がした。


「あと、これも覚えておけ。お前が本気で問題に挑むのなら『神は他の人間の口を借りて助言を伝える』ものだ。

 オレは特定の神を信じてるわけじゃないが、これで救われたことは何度もある。

 何気ない第三者の言葉を慎重に聞け。その中に神からの助言が混ざっているかもしれんからな」


 ススムはさらに話を続ける。


「『谷底の神父』という寓話ぐうわがある。谷底にある町の教会に神父が住んでいたんだが、町を洪水が襲ってきても逃げずに祈りを捧げ続けていた。

 村人は3回も「一緒に逃げよう」と言って彼を助けようとしたが、

 そのたびに神父は「必ず神様が奇跡を起こすから大丈夫」と拒み続け、結局洪水に飲み込まれて死んでしまった。

 その神父は天国には行けたが神に不満で『なぜこんなにも祈りをささげたのに奇跡を起こして助けてくれなかったんですか?』

 と問いかけたら、神は『3回も助けてやったぞ』と答えたそうだ。

 それと同じことは必ず起こる。神は他人の口を借りて助言してくれるものだ。覚えとけ。

 わかったのならどうすれば3割を天引き出来るかじっくりと考えることだな。月末を待ってるぞ」


 その日はススムとの会話はそれっきりだった。




 翌日、進は休憩中に先輩にあたる中年女を捕まえて相談をしていた。


「先輩。どうしても節約が出来ないんですけどどうしたらいいんですか?」

「へぇ、節約ねぇ。だったら安い冷凍食品を買うのがオススメよ。

 冷凍食品は基本腐らないわ。だから保存が効くから買いだめが出来るのよ。

 ちょっと郊外に出たところに量も多くて安い冷凍食品売ってるスーパーがあるからそこに行くといいわ。

 それにお昼ご飯は業者が出す弁当じゃなくて自分で作ったほうが安く済むわよ。これも冷凍食品にお弁当の具材が売ってるからそれを使えばいいわ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 進は思い返してみると、そういえば冷凍食品はアイスをちょっと、という位でほとんど買っていなくて、冷凍庫の中はスッカラカンだった。




「これが、神様からの助言なのかなぁ?」


 今度の休みに行ってみよう。進はそう思った。




【次回予告】


ススムが言うには「学校教育の害でみんな失敗をしてはいけないことだ」と思い込んでいるそうだ。その真相は? そもそも、なぜ失敗してはいけないのだろうか?


第10話 「そもそも、なぜ失敗してはいけないのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る