番外編 眠居夢見といばら姫 前編

 半月前から、同じ夢を見るようになった。

 別世界の誰かになって、そして眠っている夢。

 それだけでもおかしなことだけど、私の場合はもっとあり得ないことだ。

 というのも、私はいつでもどこでも眠ってしまう。

 夜でも、昼でも、家でも、学校でも。

 本当は起きていたいのに。決して授業が面倒くさいとかじゃなく。

 私は重度の睡眠障害で、睡眠不足かどうかに関係なく、常にひどい眠気が付きまとう。そして大抵それに耐えれず眠ってしまう。宿題がやりたくないとかじゃなく。

 そんな、人よりも睡眠の量が多い私が、半月の間も同じ夢を見るのはなかなかあり得ないことなのだ。

 実際見てるから、あり得ているのだけど。

 現実でも起きたいと思いながら眠ってしまっているのに、夢の中でも眠ってるなんて、とんだ皮肉だと初めて見た時は思っていた。

 しばらく同じ夢を見るようになって、その夢の中で私はいばら姫になっていることが分かった。

 そのいばら姫は、物語と違って、生まれつき不眠症で、まとまった睡眠が取れた試しがなかった。

 そのため睡眠導入の電気羊がいつも周りで回っていた。そのおかげで、いばら姫は安らかに眠っている。

 それが分かったのは、よく夢の中では意味が分からない設定が既に頭に染みついているあの要領だ。

 またしばらくして、そのいばら姫と時々入れ替わっていることに気づいた。

 まるで、「入れ替わってるー⁉」で有名な某アニメ映画みたいなのだが、冗談ではなく。

 起きたいと思いつつ眠っているからか、夢遊病の類はよく発症していたけどそれとは違っていたらしい。

 授業中自ら手をあげて問題に正解したり、目を輝かせて先生の話を聞いたり。普段なら必ずしない行動だらけで、その上、なんだかお上品。

 同級の友人に聞いただけだが、それでもやっぱり入れ替わっているのは夢の中の設定という訳でもなく、本当のことのような気がする。

 夢の中では突飛な設定もなぜか受け入れてる要領で。

 それからまた二週間も経つうちに、だいたいのことはわかった。

 いばら姫は入れ替わった眠居夢見の庶民で異世界の生活を案外楽しんでいること。私の眠気に纏わりつかれている体が心地よいこと。

 私がいばら姫と入れ替わっていない間も、いばら姫はずっと眠り続けていること。

 電気羊はメイドであり妻であること。

 いばら姫は、眠りから覚めたいこと。

 彼女は、いばら姫が目覚めたいことに気付いていないこと。

 夢は必ずしも主観だけで見るわけじゃない。定点カメラのように部屋の中を見ることができるし、ぐるりと回って窓から街の景色を見ることもできた。

 街の様子がおかしいことと、飲まず食わずで眠り続けるリスクを、いばら姫も感じたんだろう。

 電気羊が用意する眠気のままに寝ていたが、奥底の感覚が。私がいばら姫と入れ替わっているから残っていないはずのいばら姫の意識が、目を覚ましたい、と思っている。

 なんてのもわかった。夢の中のことは大抵わかる要領で。

 いばら姫様が起きたいのなら、喜んで協力しよう。

 なにぶん、入れ替わっている相手が楽しそうにしているのに、自分は変わらず眠り続けている状況を手放しに喜べるほど、私はいい子ではない。

 そのうえ、睡眠時間といばら姫と入れ替わる時間が、日に日に増えてきている。もしかしたら、眠居夢見が夢で、私はいばら姫なんじゃないかと思うほど。

 生まれてからずっと安眠を得られていなかったのに、今度は押し付けられるように眠らされて、しかも目覚めることが許されない。

 そんないばら姫になりたいのかと言われたら。いばら姫には悪いけど、私は嫌だ。

 眠気が常に付きまとう眠居夢見の体を、案外気に入っているから。

 この状況を変えられるのなら、好都合だ。

 私は結果的には眠気に負けてしまっているが、人より目を覚ます方法を知っていると思う。だから目を覚ますなんて簡単なこと。

 私の体にまとわりつく眠気がしつこくて重たくて、強すぎるだけ。

 目を覚ますのは、丁度、とっぷりとした重たくて柔らかい水のような空間の底から、泡を押し上げるような感覚。

 勢いよく、というのはなかなかできないけど、確実に、重たい蓋を押し開けるような感覚。

 私の体の場合、その水はものすごく重くて、浮き上がるどころか、ちょっと気を抜いたら、どんどん奥へ押し流していきそう。

 だけどいばら姫の体はもともと目覚めやすくて、それを無理やり寝かしつけているだけから、きっかけさえあれば、すぐに蓋を押し開けられる。

 すぐに意識を浮上させられるはずだ。なにか小さなきっかけでもあれば。

 そう思って、数日。

 今日がその日だと思った。

 毎日起こす気もないくせに、電気羊は目覚めの紅茶を用意する。

 そして毎日その紅茶は飲まれることはなく捨てられて、電気羊が埃が舞わないように掃除をして、一日が過ぎる。

 だけど今日は違った。

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