インティオとオメガ 後編
「は!?」
死者蘇生はSF国内で科学でも魔法でも、研究すら禁忌とされているものです。
真剣な顔をして死者蘇生の材料を探すイノセントに、ニクスは言います。
「死んだ人を生き返らせちゃいけないです。」
「アンドロイドは人じゃないよ」
「人です。人間も、アンドロイドも、魔法使いも、AIも、獣人も、妖精も。生きている者は人と呼ぶことになっています。」
「アンドロイドは生きてないよ。機械だもん」
「生きてます。自我があるんですから。イノセントさん。それは差別になりますよ」
「そうなんだ。
だとしたら、どうしてこんなに簡単に殺されちゃったの? お葬式もしてもらえずに、こんなところに捨てられて」
「……分かりません。
ただどちらにせよ、イノセントさんがしようとしているのは、死者蘇生になるんです。それはしちゃいけないことで」
するとイノセントはピタリと腕を止め、ニクスを振りかえりました。
「じゃあなんで死者蘇生をしちゃいけないの?」
「禁止されているからです」
「なんで禁止されてるの?」
ニクスをまっすぐ見つめる新緑の瞳は、一片の曇りもありません。
ただ純粋に、疑問を投げかけてきます。
「インティオ君は、死にたくないって言ったよ。
それに、雪が降ったのはインティオ君のせいじゃない。
インティオ君は、死んじゃダメなのに、僕らのせいで死んじゃったんだよ。
ならどうして生き返らせちゃダメなの?」
「……」
ニクスは、答えられませんでした。
イノセントはしばらくニクスを見つめていましたが、がっかりしたような顔をして、蘇生の準備を再開しました。
答えられなかったニクスは、止めませんでした。
手伝いもせず、黙ってイノセントが材料をそろえるのを眺めていました。
「蘇生の方法、分かるんですか」
「わからない。けどなんとかする」
イノセントは、インティオを囲むように魔法陣を書き、持ち合わせていた動物の血液をたらします。
それから、ハーブや蛇の皮や、とにかくいろいろ並べます。
そして、杖をかざし、呪文を詠唱しました。
止めなきゃ、という気持ちが、ニクスの中で渦巻きますが、どうしても何の言葉も出ません。
生き返らせてはいけない理由が分からないことはもちろん、自分のせいで死んだインティオを救える、という事実も、ニクスの心を硬直させていました。
イノセントが呪文の詠唱を終えると、横たわったインティオの体がうっすらと輝きました。
その光が首に届くと、飛び出したコードは元の位置を確かめるように皮膚の中に戻っていきます。
胸のあたりが特に強く輝き始め、ゆっくりと脈打ち始めました。
その光が体にしみこんで、消えました。
インティオのまつげが震えて、うっすらと瞼が開きました。
「生き返った!」
イノセントが、インティオに駆け寄ります。
インティオは起き上がり、ニコニコと嬉しそうなイノセントに目を向けます。
「……ここは?あなたは誰ですか?」
イノセントは目を丸くして言います。
「忘れちゃったの?」
「すみません、覚えてないです……。何も。」
インティオが申し訳なさそうに目を伏せます。
揺れる耳飾りに、イノセントは手を伸ばします。
「いいよ。僕たちのことは忘れて」
S区の紋章が書かれた耳飾りをぐっと握ると、パキリと二つに割れました。
「これで一件落着だね!」
イノセントは大きく伸びをしました。
「インティオ君がまた責められないように、皆の記憶も消したし。ついでに、僕たちが雪降らせたことも消せたし」
今日起こったこと、そしてインティオに関する記憶、記録は、イノセントの魔法でS区から消えてなくなりました。
清々しい顔をしているイノセントに対して、ニクスは不満げな表情です。
「一件落着じゃないでしょう。
俺たち、悪いことをしたんですよ。
ごまかさずに、ちゃんと謝りに行きましょう」
「えー」
「えー、じゃありません」
ニクスはイノセントの手を引いてタワーに向かいます。
「雪を降らせたのはニクス君だし、空を飛んだり魔法を使ったりしたのは、インティオ君を助けるためだから仕方ないよ」
イノセントは子どものようにツーンと唇を尖らせます。
イノセントの言葉が、ニクスの心に引っ掛かります。
だからといって、命を生き返らせてはいけない。
その理由は、ニクスもまだ説明できません。
ただ、イノセントのしたいままにしてもいけない、ということはわかっています。
それならせめて、とイノセントの手をしっかりと握ります。
純粋で無垢な彼が、間違った方向に進まないように手を引こう。
それが弟子のするべきことだと、ニクスは決意しました。
「なんだかニクス君、ママみたいだね」
「せめてパパにしてください。
それに俺の方が年下で、弟子ですよ」
「あれ、弟子だっけ?友達じゃなくて?」
「弟子です」
「そうだっけ」
「そうですよ」
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