いばら姫と電気羊 後編

 スリープ・シープがイノセントの目をのぞき込むと、イノセントは強烈な眠気に襲われて、その場に伏してしまいました。

「イノセントさん!?」

 ニクスがイノセントに駆け寄りますが、スリープ・シープと一瞬目が合った途端、ニクスもばたりと倒れてしまいました。

 スリープ・シープは床に倒れた二人を見下ろしています。

「これで私が、私の力でいばら姫様を起こせば、いばら姫の王子さまは私ですの」

 スリープ・シープはいばら姫が寝ている枕元に座りました。そこで

「今、私がいばら姫様を起こしてしまったら、私が悪い事をしたことになって、いばら姫様と一緒にいられないかもしれませんの。」

 スリープ・シープはどうして自分がそれほどまでにいばら姫といる事に固執しているのか、分かりません。ですが、離れることは嫌だ。という思考回路は確実にスリープ・シープの中にありました。

 α波を止めるべきなのに、彼女の中のそれが止めることを躊躇します。

 スリープ・シープはいばら姫から目をそらし、用意した紅茶を捨てに行こうとしました。

 その時、スリープ・シープの腕をいばら姫がつかみました。

 驚いて振り返ると、いばら姫の目がうっすらと開いていました。

 その瞳が、あちこちより道をしながら、スリープ・シープを見ました。

 そして、いばら姫はうっすらと笑い、

「わたしの勝ちだね」

 それから、彼女の瞳は部屋に向きました。

「あっ、イノセント様、これは……」

 スリープ・シープが慌てるのを、いばら姫は落ち着かせます。

「分かってる。大丈夫。この子も貴女のことを大切に思っているから」

 スリープ・シープには目の前の彼女がまるでインソムニア・ブライアではないように感じました。そんな訳はない、と分かっているのにどうしてもそう感じてしまいます。

「だから……」

 その続きが聞こえず、スリープ・シープは顔を寄せて聞き返します。

「だから信用して」

 ちゅ、とスリープ・シープの頬に何かが触れました。

「王子様のキス。じゃあ、おやすみ」






 結論から言うと、いばら姫の屋敷も近くの街も、皆長い眠りから覚めました。

 スリープ・シープが熱暴走を起こして、一部の睡眠導入システムが機能しなくなったからです。

 魔法使いたちは目を覚ますと何もすることが無いと悟ってその場を去りました。

 他の人に遅れていばら姫も目を覚ましました。ですが数分前に起こったことは何も覚えていないそうです。

 その代わり、とても長くてとても奇妙な夢を見た気がする、と言っていました。

「私と、私に似た誰かが入れ替わった夢なの」

 それからスリープ・シープは正式に婚約者として認められました。

 皆が寝ている間に起こったことは当然のことながら誰も知らないため、いばら姫の一言で即決しました。

 スリープ・シープは自分の父親に修理された後、それでも体の熱暴走が時々起こること、あの時いばら姫の傍にいる事に固執したことの理由を、考えます。

 理由はしばらく見つかりそうにないそうです。

 いばら姫の不眠症は相変わらず、治ってはいませんがその時はスリープ・シープが子守唄を歌います。

 朝日が差し込み始めたころ、スリープ・シープは紅茶を用意し始めました。

 もう、捨てる必要はありません。




     おわり

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