第20話 成就

 クリスマスイブ当日、私は半休を取りました。午後にエリナの彼がホテルの部屋に向かっているという確認のメールを受け取った後に、エリナにメールを入れました。

エリナの彼が、××ホテルの××号室で女性と会っている。

 そのメールを受け取り、エリナはとても混乱し、そのホテルって部屋は違うけれど、今日カレとデートする場所なのに・・・。私には理解できない、と返信してきました。

 とにかくそのホテルの部屋に急いで行って、現場を押さえた方が良いよ。と、私は計画通りのメールを送信し、ホテルの部屋でエリナの彼、そしてエリナを待ちました。


 私は予約した部屋にチェックインすると、窓際に置かれたソファーセットに座り、外を眺めました。時刻は夕方でしたが、冬なので外はすっかり暗く、まだ仕事が終わる時間ではないので道行く人もまばらで、さみしく全てが冷えて落ち着いた感じでした。

 でも私はこれから起こることを想像して軽く興奮しているせいでしょうか、体温がいつもより高くて息苦しく、動悸が激しくなっている感じがしました。

この半年間、エリナに感じていた悋気が今日で終わる。不思議な感じでした。あれほどまでに私の心を、いえ私の全てを支配していた悋気から解放される。


 本当かしら?

 あまりに強く、長い間、常に支配されてきた悋気と言う感情。そこから解放されるということに、現実感がありませんでした。でも間違いなく今日、いえこの数時間後、この場所で私は悋気から解放されることになる。

 そんなとらえどころのない、それでもある種の心地良さを感じる心境に浸っていると、エリナの彼がやって来ました。


 エリナの彼は部屋に入って来るなり、会いたかった、などとありきたりのセリフを口にして、窓際で立ったまま私を抱き寄せました。

 きっとただ私を抱きたいだけなんだわ、と思いましたが、特に嫌悪感は持ちませんでした。その心理を承知して付け込んで、ここまでやってきたんだもの。それにしても今ここで私を抱いて、その後同じホテルの別室でエリナを抱くつもりなのね。

 そう思うと何故かとてもおかしくなってきてしまいました。私たち三人の関係ってそれぞれ一対一だと成立するのに、三人一緒に会ったらあっという間に崩壊してしまう関係。

 そんなことを考えて、くすくす笑ってしまうと、それに気付いたエリナの彼もにっこりと笑顔を浮かべました。ふふ・・・、これから起こることを知ったらその笑顔はどうなっちゃうかしら。


 わたしの携帯から、メールが届いたことを知らせる電子音が鳴りました。おそらくエリナから、ホテルに着いたから今から部屋に行きます、という連絡じゃあないかしら。いよいよ始まるわね。

 そう思った時に間髪入れず部屋のチャイムが鳴りました。エリナの彼は不思議そうな表情を浮かべましたが、何かの間違いだろうという感じで、私のことを抱きしめ続け、唇を求めてきました。その瞬間、ホテルの部屋のドアが勢いよく開きました。


 えっ、何でレイコさんがここにいるんですか・・・

 エリナは勢い良く開けたホテルの部屋のドアの横で立ちすくんでいました。部屋のドアは、エリナの彼が入ってきた後、私がわざと開けて置いたのです。


 私とエリナの彼は窓際で立ったまま抱き合い、キスをしているところでした。

 エリナの彼は大慌てで、えっ、何でエリナがこの部屋に? これは違うんだよ、でもレイコさんって、えっ、何、どうしてエリナは麗子さんのことを知っているの?

 一番訳が分からず、一番あわてていたのはエリナの彼でしょう。


 ごめんねエリナの彼、この計画に利用しちゃって。でも所詮、この計画の中で意味のある登場人物は私とエリナだけなの。君は通行人と同じくらいの役回りだから。黙っていて。私は心の中でそうつぶやいていました。


 レイコさんひどいです。私のカレって知っていて付き合ったんですか!しかも私が悩んで困っているのを見て楽しんで、もてあそんでいたんですか!何で知らないふりをしていたんですか!エリナは取り乱してほとんど叫んでいました。

 私はわざといやらしい笑みを浮かべ、全部知っていたわよ。何も知らずにいるおふたりを見ているのが楽しくって。それにこの人、私の方がすごく良いってベッドの中で言ってくれたわ。そう言ってやりました。

 私の隣でエリナの彼は真っ青です。何か弁解めいたことを言おうとしていましたが、私は眼で制しました。もうおまえは良いよ。役目が終わった通行人だから。消えて。


 ねぇ、そんなこと言ったの!エリナは半狂乱になっていました。そして彼につかみかかろうとしたところを、私が遮りました。みっともないなぁ、もうあきらめたら?と言いながら。

 エリナは鬼のような形相をして私を睨みつけてきました。

 あぁ、エリナのそんな表情は初めて見た。しかも私に向けて。今エリナの心の中は私のことでいっぱい。たとえそれが怒りの感情だとしても、エリナの感情を独占できたことによる幸せでぞくぞくしました。


 エリナは私の頬を打とうとしましたが、私はその手首をつかんで制しました。そうすると予想通り取っ組み合いのような形になり、私はわざとよろけて窓際から身を乗り出し、エリナに押されたような形を装って宙に身を躍らせました。エリナとエリナの彼の叫び声が聞こえました。



 マンションの十一階から落ちていく瞬間、そう、瞬間だったはずですが長い時間に感じられました。

 そしてベランダから乗り出して下をのぞき込んでいるエリナの驚嘆した表情が遠くなっていくのがはっきりと見えました。

 その驚嘆した表情に向けて私は至福の笑顔を向けていました。


 私は駅のホームでエリナの彼と初めて会ったときから最期はこうするしかないんじゃないかなって、うすうす思っていたんです。


 彼を寝取った女として記憶される。確かにある期間はエリナの記憶を独り占めできるかも知れない。でももしエリナが彼と別れて別の男性と結ばれたら?

 私はエリナの人生にとって、ただの通行人程度の登場人物として忘れられてしまう。

 それなら彼と関係を持った後、彼を殺してしまったら?

 確かにある期間は強烈にエリナの記憶や感情は私のことでいっぱいになり、ある意味エリナを独り占めすることになるでしょう。

 でも結局、エリナは新しい男性と出会って幸せを掴み、彼と私のことは過去の思い出したくない出来事になって私のことは記憶から消えていくでしょう。

 そこで私は考えました。


 彼を殺した犯人として記憶されるより、もっと強烈に私の存在をエリナの記憶に刻むことができる方法。


 それは、エリナに私を殺させることだ。自分が殺した相手のことは一生忘れられないだろう。何てすてきなことなんだろう。エリナが私のことを一生覚えていてくれるなんて。しかもおそらく、一日に一度は思い出してくれるだろう。これは私が望んでいる最高の状況だ。エリナの記憶を永遠に独り占めできる。


 ねぇエリナ、これであなたは一生私のことを忘れることが出来ないわよね。いつもエリナの心の中に私がいる。これが、私が一番望んでいたことなの。これでやっと私を支配していた苦しい悋気が消滅する。

 落ちていく速度が加速し気が遠くなる中で、


   私は至福と解放感を感じ、


      ・・・ごんっ。

                          終

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悋気(りんき) 桐戸 @kiri_to

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