第15話 策略
そして作戦通り、次のネタを仕込むことにも成功していました。別れ際に私がエリナの彼に渡したキーホルダーは、私が今日アクセサリーショップから受け取ったものの片方だったのです。
つまりエリナが持っているものと同じ形で色がゴールドのものを渡して、その場から逃げてきたのです。
私とエリナの彼は、お互いの連絡先を知りません。というか、私は今日まで知らせないように気を遣っていました。いつも次の約束は会う日時と場所を決めるだけ、と言っても場所はいつもの駅のホームだったので、そのような約束でエリナの彼も違和感がなかったのだと思います。
エリナの彼がアクセサリーショップで私の連絡先を聞き出そうとすることも想定内でした。昨今の個人情報管理に厳しいご時世で、お店も簡単には他人にお客様の連絡先を教えないとは思いますが、万が一のことを考えて、手付金を支払っておくことで私の連絡先をお店に教えないで済むようにしておきました。
つまりエリナの彼は私の連絡先を知らないわけです。大事な恋人のエリナと、特注で作った大事なキーホルダーの片方を、間違って・・・、本当は故意にですが、持って行ってしまった年上の女と連絡が取れない、というわけです。
私はさらにエリナの彼を追い詰める行動に出ました。
私は会社では、エリナと普通に接していました。もちろん、エリナもまさか自分の恋人が隠れて仕事先の先輩と密会を重ねている、とは夢にも思っていません。
エリナは相変わらず身体中から可愛い光線を振り撒きながら素直に仕事を頑張っていました。
こんなことがあったんですよ、と屈託なく教えてくれるいくつかの出来事、主にはどこぞの男からこんな誘いがあったとか、まただまされて誰々に付き合わされちゃったと言う様な話で、私を苛立たせていました。
その苛立ちは雪のように私の心の中に積り、悋気と言う真っ白な雪山を積み上げていました。その雪山の重みで、私の理性は完全に押しつぶされていました。
でも大丈夫。私は自分の心の中の悋気と言う雪山に雪崩を起こし、平和な平原を取り戻すのだ、と自分に言い聞かせました。
私はある日の昼休み、食堂で食事を終えて事務所に戻ってきたときに、ちょっと良い、エリナ?と話しかけました。
何ですかレイコさん?とエリナは座ったまま私を見上げて微笑みました。その可愛く見開いた大きな猫目は本当に素敵で、私に話しかけてくれて有難う!という光線が私の心を射抜いて、私は一瞬くらっとしました。
やっぱりこの子は本当に可愛いし、全身からあふれ出すホスピタリティは天性のものだわ。本当に早くこの子をひとり占めしたい、という願望でいっぱいになりました。
私は危うく話しかけた目的を忘れかけましたが、我に返り作戦を続行しました。前にエリナが見せてくれた、彼とペアで作ったキーホルダーがあったでしょ?と話し出しました。
エリナは、あぁこれですねと言って、デスクの脇に掛けてあるショルダーバックに付いているキーホルダーをつまんで持ち上げました。
そう、それなんだけど、とてもデザインが素敵だなぁって前から思っていて。手間取らせて悪いんだけど、今度彼のキーホルダーと組み合わせてハートになった状態の、写メとか送ってくれない?とお願いしました。
エリナは最初ちょっと驚いた表情を浮かべましたが、すぐに、らじゃーと言って満面の笑みを浮かべました。
今週末もカレと会うので、そのとき写メとりまーす。カレもいつも持ち歩いているから、すぐ送れると思いますよ。でも、レイコさん最初にこのキーホルダーを見せたときにはそんなに興味を持っていなかったのに、急に食いついてきてどうしたんですか?と聞いてきました。
エリナの彼を困らせるためにそのキーホルダーを利用するのよ、とは言えないので、最近キーホルダーにはまっていて。雑誌やお店でいろいろなのを見ているうちに、そういえばエリナが素敵なキーホルダーを持っていたなぁって思いだして。ぜひ見せてもらおうって思ったの、と説明しました。
するとエリナはぱっと明るい笑顔を浮かべて、レイコさんがこれを思い出してくれたなんて超嬉しいです!そうですか、レイコさんキーホルダーにはまっているんですか。早く言ってくれたら良いのに。このキーホルダーを作ってもらったお店って、素敵なキーホルダーがたくさんあるんですよ。ぜひ一緒に行きましょうよ!と言い出しました。
そんなことになったら計画が台無しになる・・・
私はあわてて言い訳を始めました。まだリサーチしている段階だから。雑誌に出ている素敵なキーホルダーの写真を切り抜いてスクラップしたり、お店で見かけたものの写メを撮って眺めたり。だからまず、エリナのキーホルダーの写メを送って欲しいの。基礎的な知識が備わって自分の好みなんかがはっきりしてきたら、是非お勧めのお店に連れていってね。
エリナは、さすがレイコさんは何でもしっかり取り組みますねぇと納得して、わかりましたぁ、お安いご用です。すぐに写メ送りまーす。念のため、週末のデートに必ず持ってくるようにカレにメールしておこうっと、と言ってくれました。
お安いご用、ね。彼にとっては就活より難しいご用、なんじゃないかしら。私は心の中でそうつぶやいてほくそ笑みました。
それから私はエリナの彼と出会った駅のホームで、見つからないようにこっそりと建物の陰から、エリナの彼が来ていないかを観察するようにしました。
私が駅のホームに行ったときはほとんど百パーセントの確率でエリナの彼は駅のホームできょろきょろとしていました。私が会社帰りに通りそうな夕方から夜の時間、駅のホームをうろうろとして、そしてがっかりして電車に乗って帰って行きました。私が行ったときにほとんどいるということは、ほぼ毎日のように私をさがしているということでしょう。
そんな風にあせって、疲れて、がっかりして駅のホームを去っていくエリナの彼をこっそり見て、可愛そうにと思う反面、あなたはあの可愛いエリナの時間と身体を誰よりも多くの時間、独り占めしているんだもの。これ位辛い目にあってちょうどいいくらいよ。と私は胸がすっきりする思いでした。
一方会社でエリナに会うと、何か最近カレが忙しいらしく、なかなか会ってもらえないんです。レイコさん、ごめんね。写メ、もう少し待っていてね。と、私に謝ってきました。
いいのよ、別に急いでいないから。彼によろしくね。と言って心の中では、なるほどエリナの彼は、キーホルダーを見せられないので、エリナと会うわけにもいかなくなっているわけね。エリナが彼と親密な時間を過ごしている、と想像して私がやきもき悋気することもないわけだ。これは一石二鳥になったわ、と嬉しさをかみ殺していました。
駅のホームでこっそりのぞき見るエリナの彼の様子は、日増しにあせりと徒労でやつれた感じになってきていました。そろそろ良いタイミングね、と私は計画通り次のアクションを実行することにしました。
駅のホームで血眼になって私を探すエリナの彼。その前に私はさっと姿を現し、わざとらしく偶然会った風で、久し振り、こんにちは。と声をかけました。
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