第13話 悪行

 そんな思惑を持ちながら会話をしていると、あっと言う間に目的のアクセサリーショップのある駅に着き、駅前の雑踏を抜けて行くと、若者が集まる、にぎやかでごちゃごちゃした通りに面したアクセサリーショップに着きました。

 エリナの彼に案内されたアクセサリーショップは、思っていたよりローティーン向けの、お客のほとんどが中高生で占められているショップでした。私はもう少し大人向けのアダルトなお店を想像していました。そんな感想が顔に出ていたのでしょうか。エリナの彼が、想像していたより子供っぽかった?でもキーホルダー作りの技術は確かだし値段も手ごろだよって教えてくれました。

 そんなことないよ。でも私みたいなおばさんが来ちゃってちょっと恥ずかしいな。と、ちょっと困った風で答えました。するとエリナの彼は真面目な表情になって、そんなことないですよ。麗子さんはとてもきれいで可愛いです。あっ、年上の女性に可愛いなんて失礼だったかな。でも、今日の麗子さんはいつもと違って本当に可愛くって、実はちょっと驚いているんです。

 私が本当かなぁ?とエリナの彼の顔を覗き込むようにして聞くと、とにかく麗子さんはどんな若い子にだって負けていませんよ。と言ってくれました。

 あー、作戦成功だわ。だいぶ私に関心を持ってくれている。ここまでくれば、後は逆にじらした方が効果的かも。などと心の中で今後の戦術を練りながら、ありがとう。リップサービスでも嬉しいわ、と言って私はガラスケースに並んでいる見本の商品を品定めし始めました。

 お世辞じゃ無いのにな、と口を尖らせながらエリナの彼もガラスケースに身をかがめてのぞき込みました。

 レジのところにいる三十過ぎくらいのいかにもアーティストっぽい店長?らしい人が接客を終えたタイミングを見計らって、エリナの彼が、自分のキーホルダーを取り出して先日はこれを作ってもらってお世話になりました、と話しかけ始めました。

 あぁ、この前オーダーしてもらったこれね。良い出来でしょう。一緒に来ていたあの細くて可愛い彼女も喜んでくれたでしょ?とかなりフレンドリーに会話を返してきました。

 エリナの彼は、エリナの話を持ち出されるのが恥ずかしかったらしく、その問いはスルーして、こちらの人、麗子さんって言いますが、同じようなデザインでキーホルダーを注文したいそうなので相談に乗ってあげて下さい。と話を向けてくれました。

 へぇ、新しい彼女?またきれいな人を連れて来たね、とショップの人にからかわれると、エリナの彼は顔を真っ赤にしてむきになり、違いますよ、頼まれてこちらのショップを紹介しただけですよ。そんなこと言うならもう紹介したりしませんよ、と本気で怒っていました。

 ショップの人は笑いながら冗談、冗談と言って私の方を向いて、えっと麗子さんでしたっけ、具体的にはどんな感じのキーホルダーが欲しいの?と聞いてきました。

 私はあらかじめ考えていたセリフを口にしました。えっと、こちらの彼が持っているものと全く同じ形で、色はゴールドでお願いします。

 エリナの彼は私の顔を見て、えっと驚きました。


 エリナとエリナの彼が作ったペアのキーホルダーは、それぞれハートの半分に鍵が付いたような形で、組み合わせると完全なハートになるようになっていました。色はシルバーでリングが開くようになっている金具が付いていて、鍵がぶら下げられるようになっていました。

 つまり同じ形で作れば、そのうちの片方でエリナの彼のキーホルダーと組み合わせてハートを作ることが出来る、ということになります。色はゴールドと言ったので、エリナとエリナの彼が持っているキーホルダーとは色違いになりますが。

 ショップの人が、それだとまるでこちらの彼とペアで持つみたいだねぇ、両手に花だね。と、またエリナの彼をからかうような口調で私たち二人に向かって話しました。

 エリナの彼は本当に同じ形で作るの?と言いたげに驚いたまま固まっていたので、私から話し出しました。

 やっぱりご迷惑よね。とても素敵な形だから、同じものが欲しくって。色さえ違えばいいかなぁ、なんて思っていたんだけれど。やっぱり知らないおばさんが、色は違うとはいえ同じ形のキーホルダーを持っているなんて、彼女も嫌よねぇ。ごめんなさい。他のデザインを考えるわ。

 そう言うと、エリナの彼はあわてて弁解し始めました。

違いますよ、ちょっと驚いただけです。麗子さんが、全く同じ形のものを欲しいなんて言うとは思っていなくて。麗子さんだったら、同じものを持っていても全く問題ないですよ。それにおばさんなんかじゃありません。

 そう言うと、それを聞いていたショップの店員が、おやおやという顔をして、色見本のプレートを取り出して私に見せ、どのゴールドにするかの相談を始めました。

 エリナの彼は、そんな店員のからかうような態度が気に入らないらしく、不機嫌な感じで少し離れたショーケースを眺め始めました。

 色を選び、手付金を払って納期を確認して私たちはアクセサリーショップを後にしました。

 驚かしちゃってごめんなさい。でもデザインは同じものって決めていたの。最初に言っておけば良かったね。とにかく今日はありがとう。付き合ってくれたお礼にお茶をおごるわ。

 そう私が言うと、エリナの彼は嬉しそうに、大丈夫、全く同じデザインっていうのにちょっと驚いただけ。ありがたくごちそうになりまーす、と元気に笑ってくれました。


 私たちはアクセサリーショップのすぐ近くにある静かで落ち着いた雰囲気の喫茶店に入りました。エリナの彼はブレンドコーヒーをブラックで、私はホットココア注文し、飲みながらゆっくりと話をしました。

 でも、そうすると麗子さんともペアのキーホルダーを持つっていうことになるよね。そうエリナの彼がコーヒーをすすりながら嬉しそうに話しました。

 あれ、嬉しそうだね。でも彼女さんに怒られちゃうんじゃないの?私はちょっと意地悪そうに上目づかいでエリナの彼をみつめてそう言いました。

 そうですね、きっとやきもち焼くから、黙っておこうかな。でも麗子さん、ペアのキーホルダーにしたっていうことは、付き合っている人はいないって言っていたけど、プレゼントするあてがあるっていうことでしょ?

 エリナの彼は興味津々で聞いてきました。

 いいえ、ペアのキーホルダーを渡す人なんて本当にいないのよ。デザインがとても気に入っちゃって。それより、彼女さんに黙っているっていうことは、私と二人だけの秘密っていうことだよね。彼女さんには悪いけど、ちょっと嬉しいなぁ。私は本当に嬉しそうな表情を浮かべて微笑みました。

 エリナの彼も同じように嬉しそうな表情を浮かべて微笑み、黙っていました。

私のキーホルダーが出来る日に、もう一度会う約束をしました。これは私からお願いしたのではありません。アクセサリーショップの店員さんが、二週間後に出来るって言っていたから、その次の日曜日に取りに来ようかなぁ、と私がスマホのカレンダーを見ながらつぶやいていたら、エリナの彼が出来上がりが気になるから、一緒に来ても良いですかと言い出したのです。

 私はこの時エリナの彼のこのセリフを聞いて、もうすぐこの男を落とすことが出来る、と確信しました。

 約束通りお茶の代金は私が払い、喫茶店を出て電車に乗り、その日はそれぞれの自宅がある駅で降りて別れました。


 私は計画が順調に進んでいくことにわくわくしながら、エリナのことを考えていました。

 もし私がエリナの彼とこうして密会していることを知ったら。私がエリナの彼を寝取ろうとしていることを知ったら。しかもエリナの彼と知った上で私がこんな行動を取っていることを知ったら。

 あぁ、エリナの頭の中は私のことでいっぱいになるだろうか。私への憎しみでいっぱいになるだろうか。私がいつも感じている異常なまでの悋気と同じような感情を抱くだろうか。

 でも私は、今回のことでエリナが、私がいつも感じているようなレベルの悋気の感情を抱くとは思えませんでした。

 エリナなら、この彼と別れてもすぐに素敵な他の男性と出会うだろう。そうするとエリナにとって私は彼を寝取った許せない先輩。ただしそれは過去の出来事、そのうち忘れてしまうような出来事。ということになるだろう。

 今さら計画を中断するわけにはいかないが、何か別の手を打たなければ、決してエリナの感情を独り占めにすることはできないだろう。私はそう思うようになっていきました。


 私が注文したキーホルダーを取りに行く日になり、私とエリナの彼はいつもの駅のホームで待ち合わせをして、アクセサリーショップに向かいました。

 二回目のデートということもあり、エリナの彼は私に対して緊張もほぐれ、だいぶリラックスした感じになってきました。彼女に隠れてデートする大人のお姉さん、そういった感じなのでしょうか。話す内容も私の仕事の内容、自分が通っている大学や就活の様子といった現実の具体的な出来事から、お互いの考え方や人生観といった内面的な話になっていきました。

 おそらくエリナとはこういった話はしないのでしょう。エリナは可愛くて素直な女の子であり、人生観などを語り合う相手ではありません。エリナの彼は就活で社会のことをいろいろ勉強中ということもあって、そういった話をする年上の人、と言う相手を欲していたのでしょう。そして少し背伸びして年上の女性と対等に語り合いたい。そんなことが出来る自分を再発見して自信をつけたい。そんな思いがひしひしと伝わってきました。

 キーホルダーショップに着くと、私が注文した、エリナ達が持っているものと全く同じデザインで色違い、エリナ達がシルバーで私がゴールドの、キーホルダーはきちんと出来上がっていました。

 私は実物を確認し、代金を支払って大事にショルダーバックにしまいました。

ふたりで店を出ると、エリナの彼は、もう麗子さんと会う理由もなくなっちゃいましたね、と真面目な表情で少し前方の地面を見つめたままつぶやきました。

 私はそれには答えずに、何度も付き合わせてしまったので、今日はお茶ではなくちゃんとした食事をご馳走したいわ、と言いました。

 エリナの彼の表情からは一瞬迷いが見えたように感じましたが、はい是非。と笑顔と共に返事をしてくれました。


 今後会う理由が無くなった今、ここで別れることが出来れば危うい関係になる可能性を断ち切れるだろう。でも逆に会う理由が無くなったのに会い続けるということは、危うい関係になってしまう可能性をかなり高くすることだ、という心の葛藤がエリナの彼の表情から見て取れました。

 でもエリナの彼は、危うい関係になる可能性が高くなる状況を選択したのです。それは私に対して、異性として高い関心を抱いていることに他ならないと確信しました。

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