第12話 悪念
それからわざと数日はエリナの彼と出会わないように注意して行動しました。そしてエリナの彼がなかなか会えなくて困ったな、と思ってくれるようなタイミングで駅のホームの目立つ場所に立ちました。
思っていた通り、エリナの彼は私を見つけると駆け寄ってきて、この間はすみません。毎日会えないかなって探していたんですよ。はいこれ、って可愛い紙袋に包んだ私のバッグの飾りヒモを返してくれました。
そのまま来た電車に一緒に乗って、こちらこそご迷惑をかけて、すみませんでしたと謝りました。そして計画通り、次のステップに進むために考えていたセリフを口にしました。
そのキーホルダー、とても素敵だなって思っていろいろなお店をまわって探してみたんですよ。でもどこにも置いて無くって。良かったら売っているお店を教えてもらえませんか、とお願いしました。もちろんエリナとおそろいを特注で作ったことを知っている上で。
ああ、これは彼女とおそろいで作ったんです。だからどこにも売ってはいないんですよとエリナの彼はちょっと照れながら話してくれました。
うん、合格。
エリナとのことを隠すようだったらエリナと付き合う資格無しだって思っていたので、その対応は正しいよって心の中で思いました。そして計画通り次のセリフを口にしました。
あぁ、そうなんですね。だからどこにも売って無いんですね。でも優しいんですね。彼女とおそろいでキーホルダーを作って、ちゃんといつも付けているなんて。きっと彼女は素敵な人で、大切にしていらっしゃるんですね。
エリナの彼は少し照れながら、弁解し始めました。いや、そんなことは無いですよ。普通の彼女ですよ。どうしても作ろうって言われて押し切られちゃって。そしていつもちゃんと付けていないと、不機嫌になるもんですから。
エリナを軽く扱っている風を装った説明だったので、少し悋気を覚えながらも、まぁ男の子が他人に彼女を説明するのはこんなものかとも思いました。
それより大事なのは私とエリナの彼の関係を次のステップに進めるための重要な駆け引きです。私はお願いを続けました。
でもちょっとあきらめられないな。もしご迷惑でなかったら、どこで作ったか教えていただけませんか?私も同じようなものを作りたいので。
あぁ、良いですよ。ちょっと待って下さいね。そう言ってエリナの彼はスマホで店のサイトを探し始めました。ここで次の展開を仕掛けました。
あと本当に厚かましいんですけど、デザインの参考にしたいので、そのキーホルダーの写メを取らせてもらって良いですか?
スマホを見ていたエリナの彼は顔を上げて私の顔を見ました。
にっこり笑って、もちろん構いませんよってエリナの彼は言いました。そして少し考えてから、もし良かったらお店をご案内しますよ。その時にこの実物を見せた方が、製作をお願いしやすいだろうし。ひょっとしたら紹介したということで、少し安くなるかも知れないですしね。
予想以上の展開でした。本当はふたりのキーホルダーを参考にさせてもらってオーダーメイドした後に、私のキーホルダーが出来た時点でお礼ということでどこかでお茶を誘うっていう展開を狙っていましたが、まさかこの段階でふたりでアクセサリーショップに出かけられる機会を作れるなんて。
でもおまえはそれをエリナにどう説明するつもりなんだって少し怒りも感じました。
お店に連れて行ってもらう日にちと時間の約束を決め、その日は別れました。万が一、エリナが一緒に来てしまうと計画が台無しになるので、エリナが誰かのコンサートに行くと言っていた日にしておきました。これでエリナの彼がこのことをエリナと話しても話さなくても、私とエリナが直接会うことは起きないので、計画がダメになるリスクは回避できることになります。全て計画通りにことが運んでいきました。
エリナの彼とは予定通り、ふたりきりでアクセサリーショップに行くことになりました。もともとエリナの予定を考慮しなくても、エリナの彼はエリナに黙って私と出かけるつもりだったようです。
私の大切なエリナを裏切るような行為は許せませんでしたが、計画通り事が運ぶのは私の心を安堵させました。
アクセサリーショップに行く日、エリナの彼とは最初に出会った駅のホームで待ち合わせました。
私は約束した時間よりかなり前から待ち合わせの場所にいましたが、エリナの彼も約束の時間より早く現れました。時間は守る性格のようです。
ごめんなさい、待たせましたか?と、エリナの彼は言いました。
私はあらかじめ考えていた返事をしました。
ううん、まだ時間になっていないですよ。私、楽しみにし過ぎて、ずいぶん早く来ちゃったんです。私は会うのを楽しみにしていたんですよ、のアピールをしました。
エリナのカレは嬉しそうに笑いました。そして私の全身を見て、通勤の時とは様子が違っていて、何かとても素敵ですねと言ってくれました。
私は通勤の時は髪をまとめずに肩まで下ろし、ダーク系のカジュアルスーツに黒い鞄、という出で立ちが多いのですが、今日は髪をアップにまとめて、体の線が出ないくらいのゆったりとした明るいブルーのダンガリーシャツに、下はしっかりとした感じの青のフレアスカートという洋服で、四角い手提げの形をしたデニムのナップザックを背中に背負っていました。そでを途中までめくり、通勤の時とは全く違う、ギャップのある元気で可愛い格好で来ました。
エリナのことが好きということは、可愛い子が好みなのには間違いない、と読んでいたからです。そでをまくっていたのは、健康的な素肌を見せたかったからです。エリナは体全体がものすごく細くやせてひょろっとしているので、かえって健康的な張りのある女性の肌を見せた方が私に関心を寄せてくれるのではないかと言う計算があったからです。
エリナの彼の表情からは、洋服と体型のアピール作戦は成功しているように思えました。
ここからアクセサリーショップまでは、駅から歩く時間を入れても四十分ほどで着きますから、とエリナの彼は言いました。
休日の昼のせいか、いつも通勤の時はぎゅうぎゅう詰めの満員の電車も空いていて、私たちはシートに並んで座っていろいろと話をしました。
麗子さんと言うお名前なんですか。見た目にぴったりの名前ですね。とか、僕はまだ学生なんですけど、麗子さんはどんなお仕事をされているんですか?などとエリナの彼はいろいろと聞いてきました。
私はエリナと同じ会社に勤めていることがばれないように、注意深く言葉を選んで仕事の説明をしました。
そしてそんなことより、おそろいのキーホルダーを持っている幸せな彼女のことを聞きたいな、と言ってみました。
エリナの彼は少しずつ、エリナのことを教えてくれました。その話の内容に嘘はありませんでしたが、この話題については積極的には話してくれませんでした。私が聞いたことに少しずつ答える、といった感じでした。自分の彼女のことはあまり話題にしたくないということは、私に対して女性として関心を持っている証拠だと感じました。
少し意地悪をしてやろうと思い、今日私と出かけることを彼女さんは知っているのかな?と意地悪っぽく笑って聞いてみました。
ああ、もちろんですよ、とエリナの彼はさらっと答えました。
嘘です。大嘘です。
もともとこの日はエリナがコンサートに行く予定を狙って設定したもので、エリナの彼に私との予定を相談させにくい状況に追い込んでありました。
一緒にエリナも連れて来ることが出来れば一番面倒はありませんが、エリナにもともと予定があるとすると、他の女性と出かけるという相談もしにくい・・・、という状況をあえて作ったのです。
そして私はエリナにも探りを入れていたのです。コンサートは、彼とは行かないんだ、とエリナに聞いたところ、うん、もともと今回は女子会仲間で行くつもりだったし、何かカレも予定があるみたいで。とエリナは答えました。
予定がある、までしかエリナの彼はエリナに説明しなかったということです。他の女性とアクセサリーショップに行く、なんて説明をしていたら、エリナは絶対私に、レイコさん!聞いてくださいよーと言って一時間は愚痴を聞かせるはずです。
つまり、エリナの彼は私とのお出かけをエリナに隠した。そしてその隠していることを隠していないと私に嘘をついた。
これは、後ろめたい気持ちがあるからエリナに隠している。つまり私との間に男女の関係を期待しているんだと直感しました。
そうであれば後は簡単です。エリナの彼をどう落としていくか、私はゲームを楽しむ感覚でわくわくしてきました。
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