第3章 策略

第11話 纏繞(てんぎょう)

(纏繞:まといつく、からまりつくこと)


 エリナの彼を寝取ってしまえば、エリナは私のことを、カレを横取りした悪い女として、一生覚えていてくれるかもしれない。

 単純な発想ですが、エリナの記憶を私に対する嫉妬、怒りと言う感情で独り占めできるかもしれない。


 自分の女性としての魅力に大きな自信があるわけじゃないけれど、女性からその気を感じさせればたいていの男は落ちるものだと思っていました。

 ところがそう簡単にことは運ばなかったのです。エリナの彼はそんな軽い男ではありませんでした。

 思っていたより真面目にエリナのことを大事に思っているらしい。さすがエリナが選んだだけのことはある。

 逆に、もし簡単に私と関係を持ってしまうようだったら、私の大切なエリナの気持ちや時間を好きなようにしているくせに許せない、という気持ちの方が大きくなってしまっていたかもしれません。

 エリナのために、エリナにふさわしくない男を引き離す、という最初の思いと違った人生の先輩として正しい動機のために彼をエリナから奪うことになる。そんな動機で行動を起こしたのでは、エリナの記憶を独占する悪い女になれない。

 エリナを大切にしない彼に罰を下すのではなく、エリナが大切に思っている彼を取り上げた自分を、エリナの記憶に残すのだ。

とにかくエリナを大切にし、エリナの彼でいる価値がありながら、最後は他の女と関係を持ってしまう。そんな適度に浮気のできる男である必要がありました。

もちろん私がエリナの仕事の同僚ということは伏せてエリナの彼に近付いていく必要があります。私は綿密に計画を練りました。


 最初にエリナの彼を見かけた駅のホームのその場所の、その時間に何度か足を運び、かなりの頻度でそこに現れることを確認しました。エリナの彼はまだ学生、大学の四年生で就活をしている最中ですが、ある半官半民の団体にほぼ内定が決まっている状況、とエリナから聞いていました。

 カレったら就活中で時間があまり取れないってなかなか会ってくれないんですよ。もう内定出たんでしょって言ったら、今度は学生仲間と遊べるのも今の内だけだからなって。結局あんまり私とデートしてくれないんですよってエリナは良く愚痴をこぼしていました。

 同性の友達を大切にする人って素敵じゃないって私は言いましたが、心の中ではエリナと過ごす時間以上に大切なものってあるか?という悋気と、エリナとべったりしなくて大変よろしいというほめたい気持ちの入り混じった、自分でも理解できない複雑な心境で聞いていました。

 エリナの彼はそんな状況だったので、少し気持ちに余裕もあったんでしょう。近付くのは簡単でした。

 私は最初に、混雑した駅のホームで電車を待っている彼に近付き、彼がバッグにぶらさげている、エリナとおそろいの鍵の形のキーホルダーにわざと私のバッグの飾りヒモをからめて、ごめんなさいと声をかけました。

 私の不注意でからんでしまって、すみません、と謝りました。

エリナの彼は怒りもせず、こっちこそじゃらじゃらぶら下げてご迷惑かけちゃって、でも弱ったな、結構しっかりからんじゃっていますね、とりあえずこのまま一緒に電車に乗りましょうって優しく笑顔で言ってくれました。

 電車に乗り込んでからも彼は一所懸命からんだキーホルダーとヒモを取ろうとしてくれました。でも簡単にははずれません。それはそうです。簡単には取れないようにからめておいたんですから。

 そして彼が降りる駅、そう、彼の自宅がある駅の一つ手前で私はもう降りなきゃと言いました。

 もちろんそんなところで降りる理由は無いんですが、良く考えた上での作戦でした。

 エリナの彼は本当に困った様子で、俺の家はまだ先なんです、どうしよう・・・って困っていました。

 そこで私は考えていた計画通り、バッグの飾りヒモをバッグからとりはずし、またもし会うことが出来たら返して下さいって精一杯残念そうな笑顔をうかべて電車を降りました。彼は何か言おうとしていましたが、電車のドアが閉まり、次の駅に向かって出発していきました。

 私は一人になって、うん、計画通り。まずまずの出来じゃないのって満足しました。


 これから起こること、いえ起こすことを想像して、私は悋気を断ち切れる可能性に嬉しくなってきました。

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