第10話 転換

 そんな考え、つまり転職をいつ実行に移そうかと考えていたある日の仕事帰り、混み合った駅のホームで電車を待っているときに、何か私の頭の奥の記憶をかすめるような感覚を覚えました。

 何か大事なものを見過ごしたような、指の隙間から宝物が砂のようにすり抜けて落ちていくような感覚。


 そのような感覚をもたらしたものは、私の眼の前で揺れている鍵の形のキーホルダーでした。

 あ、これって。間違いありません。エリナが大事にいつもバッグに付けているキーホルダーとペアのものです。

 今自分がいる時間と場所で、目の前にあるはずの無いエリナのものがいきなり目の前に現れたため、思考が混乱したのでしょう。記憶の糸をたどるのに、時間がかかってしまいました。

 間違いない。エリナが持っている鍵の形のキーホルダーとペアのもの、ついになっているものだ。

 これは専門店でカレとペアで特別に作ったものなの、といつもエリナがちょっと照れながら自慢していたものでした。

ということは目の前に立っているこの後姿の男こそ、エリナの彼ということになります。

 私の心臓は身体を内側から突き破るほどの鼓動を始めていました。エリナの彼とは今まで直接会ったことはありませんでした。でも時々見せてくれるスマホの中の写真と、雰囲気が同じような気がする。今まであえて写真を良く見ないようにしていたけれど、間違いない。後ろ姿で顔は見えていないけれど、きっとエリナの彼だ。

今思うと、この偶然がもたらした瞬間から私は悋気を断ち切るためだけの存在に生まれ変わったのです。


 いえ、偶然ではなく悋気がそうさせた必然だったのかも知れません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る