第1章 錯乱

第02話 悋気

 あなたには嫉妬という経験がありますか?


 ほとんどの人はあると答えると思います。

 好意を寄せている人が、自分ではない人の方を向いている。そんなやつより自分の方があなたにはふさわしいのに。

 自分に無いものや名声を持っている人をうらやむ。それを持つのは私の方がふさわしいのに。誰もが多かれ少なかれ経験する感情です。

 私はある時に突然、激しい嫉妬の感情を抱きました。抱いたというより、後頭部を花瓶で思いっきり殴られた、という感じでそれはやってきました。

 それは私が今までの人生で味わったことの無いような、激しくて異常な嫉妬でした。

 私の人生なんて三十年足らずの平凡なものです。それでもこの嫉妬の感情は今までの経験とは全く異質な、そして今後の私の人生の中でも二度と無いだろうと確信が持てるような種類の嫉妬でした。

 ある時は胸がとてつもない力でぎりぎりと押しつぶされるような辛さであり、ある時は身体の肉を内側から鋭い刃物で切り刻まれるような痛みであり、ある時は息が出来なくて呼吸が止まるような苦しさでした。

 そして思考回路が無限ループに入って正常な判断が出来なくなり、いろいろな出来事が私に襲い掛かり、その度にのたうちまわってもだえ苦しむ、地獄のような経験でした。

 その原因はある女性を独占したいという激しい感情から来るものでした。

 男女間の情事の嫉妬を悋気というそうです。正確に言えば私の感情は情事の嫉妬ではありません。でもなぜか今回の私の嫉妬には「りんき」という言葉の響きがぴったりくる気がするのです。

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