第五章ーーその声はあなたをおそらくへと手招く④ーー

「お待たせしてしまってごめんなさい。突然のことで、不安だったでしょう?どうぞこちらへ。隣に来てちょうだい」


 手招かれてライアはソファの開いている方、イーグルの隣に腰を下ろした。

 エディリーヌは、表情は暗いもののすっかり元の調子だった。先程のことが夢だったのでは思えるくらいだ。しかし夢ではない。ライアが個室で待たされていたのもその事が原因に違いないのだから。


「日を跨がずに話すことができて良かった。一度ああなると、数日目覚めないこともあるから。聞きたいことはきっと、山のようにあるでしょうけれど、まず確認させてね。ライア、貴女は、わたくしが気絶する前に何か……良くない事を告げられたのよね?」


 真剣な眼差しが、ライアを射ぬいた。ライアは一度短く息を吐いて頷いた。


「はい――あれはなんだったんですか?お嬢様はどうして、わたしの父のことを知っているんですか?」


 エディリーヌは申し訳なさそうに首を振った。


「貴女のお父様を、わたくしは存じ上げないわ。会って話をしたことすらないはず。でも、お父様について、わたくしは話したのね。他にも何か言われて?」

「わたしと父が、誰かに見つかったって言ってました。それと、困難があるって。選ぶならそっちの道はやめておけとか、なんにせよ変わらないとか、そんなことを」


 答えながら改めて、穏やかではないと思った。見つかった事が良くない事のような、そのせいで、これまでの何かが変わってしまうような不穏さが、言葉の端々に潜んでいた。

 話を聞くエディリーヌとイーグルが、一度視線を交わし合った。あの状態の彼女を、イーグルも知っているのだとライアは確信した。

 直感を裏付けるように、イーグルが再びソファに飛び乗り手を打った。


「やっぱりだ。予言が下りたんだ」

「予言って、街角に座る占い師がやるようなやつ?」


 カードや水晶などを使って、あれこれ助言をしてくれる商売があることは知っていた。誰が自分の事を好いているか、この恋は実るかどうか。将来の自分は何者で、どのような職についているか。そのためにはどうするべきか。

 以前そうやって人の悩みなどを言い当てる占いの様子を見たことがあったが、エディリーヌの〝予言〟とは結び付けられなかった。

 あれはもっと異質なものだった。遊び半分で向き合えるものではない。


「そう、ご託宣とか、かみがかる?とかいうやつ」

「神がかる……」


 すとんと、腑に落ちる言葉だった。近い呼び方があるとすればそれだろう。しかし、エディリーヌは否定した。


「そのように大層なものではないわ。……あれは相手も時も選ばず、前触れも無く、不意に始まるの。その間なにをしているのか、わたくしに自覚は無いのよ。何を言ったか、覚えてもいない。ほんの短い間の事なのに」


 話しながら伏し目がちになる様は、全ての疑問を結びつけた。

 貴族の間で関わるなと囁かれる訳、災いが降りかかると言われる訳、ネルサンに追放されたと噂される訳。彼女が他人から遠ざかる訳。

 そして恐らく、ライアも噂される災いの渦中に足を踏み入れてしまっているであろうこと。

 生唾を飲み込み、おそるおそるライアは訊ねた。


「わたしにも、近々何かあるってことですよね。それって――それって、どのくらい先の事なんでしょう?」

「それがわかれば苦労しないんだなあ」


 これにはイーグルが答えた。


「まちまちなんだよ。今この瞬間かもしれないし、一年後とか十年後とかずっと先かもしれない。この館で働く古株の使用人達は皆そうだ。まだ予言された事がおきていない人と、もう済んだ人。ちなみにオレはまだ」


 ライアは目を見張った。


「イーグルもなの?」

「だからここにいるんだよ。どうすればそれを避けられるのか、エディや皆と考え中」


 エディリーヌがぎゅっと指を組み、頭を上げた。

「回避とまではいかなくても、対処は出来るはずなの……ライア、他に何か聞かなかった?」

「え?ええっと……」

「助言のようなものよ。何か言われたはず。覚えていないかしら?なんでも良いの」


 エディリーヌはライアの手を取り、切に訴えかけた。冷ややかな手に再び触れられた瞬間、ライアはその名前を思い出した。


「――ラズワルドの、法術書」

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