第三章――イーグルと放浪一座④――

 エディリーヌは微笑んだ。疲れは見えるが先ほどよりも晴れやかな表情だ。団長との話し合いは良い結果に落ち着いたらしい。

 キィキィと早口で団長が団員達に報告した。


「お前達!お連れの坊ちゃんに何か失礼はなかったでしょうね?していない?ならばよろしい、聞きなさい。こちらのお嬢さんから有り難い申し出がありました。なに、悪い内容ではありませんよ。喜びなさい。これから我々放浪一座は、お嬢さんの所有する館に客人として招かれることになりました!苦あれば楽あり、捨てる者あらば拾う者ありというやつです!」


 両手を広げ、大仰な身振り手振りで団長は喜びを表した。


「リヴァノーラにいる限りは今後、このような事が無いことをお約束します。どうぞ旅の疲れを癒してください。滞在中の身元は、ローズ家が保証します」


 オルカーが口笛をひと息吹き、ギラムがほっと肩を撫でおろした。問答無用での出国か、それ以上の最悪な事も想定していたに違いない。

 唯一この提案に慌てたのはイーグルだった。エディの手を引き、こそこそと小声で訊ねた。


「エディ、その館ってこの町の館のことじゃないだろうな?」

「わたくしが自由に使えるのはあそこだけよ」

「お前も今住んでるところじゃんか!使用人もほとんどいないって話だったろ、そんなところに招き入れるって言うのは危なくないか?宿を手配した方が良いって絶対」


 現在エディリーヌは王都を離れ、ネルサンにある別邸で生活している。彼女はそこで、ほとんど一人と言っても良い暮らしをしているのだ。

 いくらお詫びと言ったって、そんなところに今日会ったばかりの旅芸人一同を自ら招き入れるのは、軽率だし危険すぎると言えた。


「それも考えたけれど、どうしてもローズの名を出さないわけにはいかないし、そうなると本家に今日のことが知られるわ。――私兵団を動かしてしまったから時間の問題だけれど。本家は温厚とは言えない方達ばかりよ。詳細を知られる前に、こちらで全て済みましたと言うことにしておきたいの。問答無用で追い出されることは避けられるし、国外に悪評を広めたくないわ」


 しっかりとエディリーヌは答えた。壇上に上がったことも、あまり知られたくないのだろう。本家を頼りさえしなければ、どうとでも誤魔化しのきくことだ。

 私兵団がいざという時、どれだけ彼女の味方でいてくれるかはわからないが、時間は稼げるだろう。


「彼らだっておかしなことはしないはずよ、わたくしは大丈夫」

「じゃあ、オレも行く」


 すぐさまイーグルが答えた。エディリーヌの青い目が驚きと戸惑いで見開かれ、何か言おうとしたが、イーグルの発言を聞きつけたディアマトラに遮られた。


「え、君も来るの?じゃあたくさんお話しできるわね!」

「そりゃあそうだろう、嬢ちゃんの護衛なんだから。なぁ?」


 オルカーが都合よく感違いをしてくれていた。ディアマトラの嬉しそうな様子には一瞬しまったと考えたが、今度はうまく逃げれるように頑張ろう。


「うん、まあ、そんなところだ!館で会ったらもっと話聞かせてくれよ」


 人懐っこい笑顔を見せてイーグルは、団員達と順々に手を握り合った。エディリーヌは何か言いたそうだったが、結局諦めた様子で、聞こえないようにため息を吐いた。


「……では皆様また後ほど。こちらからお迎えに上がりますね」

「いやいや、それには及びません。場所さえ教えていただければこちらから向かいますよ。グフもいますしね。馬が興奮してしまう」


 団長がにこやかに首を振った。


「目立たない方がよろしいんでしょう?うちの護衛は目くらましも得意ですよ」


 こちらの事情を見透かしているのか、団にとっても都合が良いからなのか。どちらともとれる眼差しを向けて、団長は大きな耳をはためかせた。

 なんにせよ、エディリーヌは団長の提案を飲んだ。


「ではそのように」

「ええ、また。――本物の〝エルフの涙〟をよろしくお願いしますね」

「団長ったら!」


 団員達が笑う中、イーグルは壁にもたれかかる仮面に近づき手を差し出した。


「なんだよ」

「あいさつしてなかったから。また後でな、よろしく。でももうエディに絡むなよ」

「……」

「握手くらいできるだろ」


 仮面が睨み返してきたのがわかった。それでも出した手をイーグルが引っこめないのを見やると、ほとんどはたく調子で平手した。


「――さっき風の精霊シルフの加護がオレにあるって言ったよな」

「はぁ?」

「本当にあるのか?前はあって、今は消えたじゃなく?」

「それがなんだ」

「教えてくれ」


 先ほどまでの人懐っこさや快活な笑顔を引っこめ、真剣な声でイーグルは囁いた。ずっと誰かに聞きたくて、聞けずにいたことだ。

 様子の違うイーグルを前にして、仮面も静かに答えた。


「加護なんてそうそう消えるもんじゃない。微弱なもんだけどな」

「……じゃあ女神はまだいるんだな?この大陸のどこかに」


 イーグルが安堵して訊ねた最後の質問に、仮面は失笑した。


「そんなことは、この大陸で生まれ育ったお前の方が良く知っているだろう?」


 冷徹な声で、仮面は告げた。


「女神の気配など、この大陸に着いてから一度も感じたことが無い。この大陸はいずれ地図からも消えるだろうよ」


 イーグルの長年の疑問を解くと同時に、わずかな希望をも打ち砕く発言だった。



「ねーぇ団長?お願いがあるのぉ」


 イーグル達が去った後の楽屋裏で、ディアマトラが猫なで声で団長にしなだれかかっていた。


「なんです?どうせろくでもないことでしょう?」

「ろくでもなくなーい!さっきのあの子をさぁ護衛として雇ってほしいのぉ」

「できる訳がないでしょう。馬鹿も休み休み言いなさい」

「えぇ――?」


 団長は耳を伏せて、ディアマトラの癇癪を聞き流した。オルカーが呆れた様子でギラムと共にため息を吐いた。


「ま、まだ言ってる」

「あんな育ちの良さげな坊ちゃん、無理に決まってんだろう。大体見てりゃわかるだろ、ありゃ嬢ちゃんの護衛だ。ずっと気遣ってた」

「そりゃわかるけどぉ!連れて行きた~い。絶対動物に好かれるよあの子、グフとも仲良くできるよ~」


 地団太を踏むディアマトラに、団長はダメだこりゃと鼻を鳴らした。


「心得のないお前にはわからないでしょうけどね、あの坊ちゃんには精霊の加護がついていましたよ。たまにいますけどね、無条件に精霊に好かれる人間と言うのが。けれどあれほど強い加護は、初めて見ました。そう言う人間はその土地を離れられないもんです。ほかで生きていくのに向いていない」

「あーなんかそんなこと言ってたわね、あいつも」


 ディアマトラはグフの様子を見ていた仮面を指差した。


「ねーえその加護ってどうにかなんないの?連れていきたいんですけど」


 話を振られた仮面は、面倒くさそうに一度ディアマトラを見やった。


「骨になるまで待つんだな。あんな強力なの死ぬまで消えねーよ」

「なにそれ!あたしその頃おばあちゃんじゃない!」

「すげぇな、自分より後に死ぬこと前提だよ」

「い、生きかねない。ディアマトラなら……」

「諦めなさい、分不相応ってことですよ」

「難しい言葉使わないで!」


 賑やかなでうるさいのが当たり前の団員達だったので、仮面が舌打ち混じりに呟いた事には誰も気づかなかった。


「――加護を持つ人間なんて目障りなんだよ、忌々しい」


 意味を理解できないグフだけが、その言葉を聞いていた。

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