第三章――イーグルと放浪一座①――
「それで、いったいどう責任をとるつもりだ?」
「責任?何の責任をとれってんだ?」
「決まっているだろう、劇場を台無しにしたことの責任だ!」
舞台裏には人ごみができていた。劇場運営者と一座の団員達が睨み合っており、そのまわりを大勢の野次馬が囲んでいる。運営者達は、躍起になって芸人達を責め立てていた。
芸人側には、先ほど暴れていた魔獣がぐったりと横たわっている。気を失っているらしく、その傍らに二人の人間が寄り添っていた。
片方は女性で、労る手つきで魔獣の上下する背を撫でていた。もう一人は重たそうな黒いローブを床に広げ、腰を降ろしている。男か女か定かではなく、細長い形状の杖によりかかるような姿勢だった。
そんな彼らを庇うように、芸人数名が運営者達の前に立ちふさがっていた。
運営者達の一人、劇場の館長は唾を飛ばしてまくしたてた。
「こんな騒ぎだ、今日はもう仕事にならん!祭りの初日だと言うのにだ!お前達が連れてきたそいつのおかげでな!そのことの責任をとれ!」
館長が魔獣を指差すと、劇場運営者だけでなく野次馬一同も賛同した。身元も不確かな旅芸人を冷やかしはしても、庇おうとする者などいない。
筋骨隆々とした浅黒い肌の芸人が、腕を組んで言い返した。
「そりゃあ少々乱暴じゃないかい?うちの売りを理解したうえで、そちらさんが持ちかけた話だろう。こうなる可能性だって、団長から聞いていたはずだぜ」
「こんな凶暴な魔獣がいるとは聞いていない!あぁ聞いていないぞ!よくも私の劇場を台無しにしてくれたな!滞在中またこんな騒ぎを起こされてはたまらん!責任をとれ、今すぐだ!」
館長は焦っていた。魔獣がいることは、あらかじめ知っていた。このところ経営が芳しくなく、祭りの間だけでも何か、目玉になる出しものがあればと思っていたところにやってきたのが彼らだ。
最初に話を持ちかけた時、彼らの団長からは巨大な獣を操る芸を売りにしており、屋内でやるには危険が伴うからと、一旦は断られた。祭りの初日だけと頼みこみ、頭金を支払うことで招き入れることができたのだ。
了承されればこちらのものだ。一度だけにするつもりは毛頭なかった。何か理由をこじつけ、適当に小銭を与え、彼らをなるべく長くこの劇場に逗留させようと目論んでいたのに。
それがこのありさまである。評判をあげるどころではない事態に陥ってしまった。
一度悪評が広まれば、信頼を取り戻すまでにどれほどの労力を必要とするのか。ただでさえ客足が遠のいているというのに。
衛兵が来るのも時間の問題である。ここはせめて、何も知らなかったということにしておいて、彼らに全てをなすりつけたほうがいい。
旅芸人など、出国すればそれで済むのだ。
「今すぐ観客達の前で我々と、観客全員に謝罪しろ!そしてその獣もろとも、さっさと出ていけ!」
「ちょっと!あんたがグフを出したんじゃないか!」
魔獣に寄り添っていた芸人の女が叫んだ。館長が忌々しく睨みつけたが、女は立ち上がり館長に詰め寄った。
「あたしはグフの様子がおかしいって言ったはずだよ、今日は無理だって!なのにあんたが、無理やりそいつらにグフの檻をここまで運ばせて鍵を開けた!」
一斉に人々の目線が館長らへと集まった。
「で、でたらめだ!私は何も知らない!」
「旅芸人だからって足元見やがって、責任とれってんならあんたはどうなんだよ!どう謝るつもり!」
女が館長に詰め寄った。しかし滝のような汗を流す館長が次にとった行動は、あまりにも愚かだった。
「~ぃやかましい!この卑しい芸人風情が!」
罵倒し、杖を振りあげ女に叩きつけた――正しくは、叩きつけようとしたが阻止された。
「そんな物、女の顔にふり回すなよ。危ねぇな」
素早く二人の間に入った少年は、そう言うと館長の杖をはたき落した。その手には、先の折れたデッキブラシが握られていた。
「急いでたから折っちゃったよ、ごめんなおっちゃん。それよりも、何もめてんだよ。衛兵はもう呼んだんだろ、避難とか、なんかしねぇの?」
ちっとも謝る気のない素振りで、イーグルはブラシの柄を放り投げた。
なにやら騒がしいので、半分、野次馬根性で来たのだが、状況がよくわからなかった。偉そうな大人が女性を殴ろうとしていたので、思わず止めてしまい、ついででブラシの謝罪をした。
壇上に魔獣が現れた時、ちょうどいい長さの物が見当たらず、近くで茫然とつっ立っていた掃除夫のブラシをへし折ったのだ。
一応ブラシの方は掃除夫に返した。貸してくれともぎ取る時も、折ったブラシを手渡す時も、ぼんやりとした顔でイーグルの動きをただ見ている奴だった。
改めてまわりを見渡せば、衛兵らしき人影は無かった。先ほどの騒動から、充分な時間がたっているというのに、魔獣も檻から出たままだ。
イーグルは魔獣を一度睨み、誰にでもなく再度訊ねた。
「なぁ衛兵は?あの魔獣も、なんで檻にいれないんだよ」
突如乱入したイーグルに注目していた人々が、互いに顔を合わせて、ひそひそと囁き合った。そして誰かがぼそりと言った。
「まだ誰も……」
「はぁあ!?良い大人が、そろいもそろって何してんだよ。さっさと呼んでこいよ、誰が謝る謝らないとか、全部そのあとだろうがよ」
イーグルは呆れかえった。その一言で運営者の何人かが、この場を去っていくのを見てから唖然とする館長に、彼はその呆れ顔を向けた。
「おっちゃん、そもそもどこから連れて来たんだよ、魔獣を連れているなんて、こんなろくでもない連中。城門通れるわけないだろう」
「し、知らん、私は何も……」
「とぼける気かよ、あっきれたなー」
「何も知らん、こ、こいつらが、騙したんだ」
「おっちゃんがやばい奴らを招き入れたのは、もう皆にばればれだっての。言い分が食い違ってるし。なんにも知らないオレでもわかる」
「――いい加減口のきき方に気をつけろ、この脳無し共めが」
館長にじりじりとにじり寄っていたイーグルは、突然毒づかれて振り返った。
相手は、上背のある人物だった。色石のジャラジャラ連なる、鳥を模したような仮面を被っている。つい先ほどまで芸人の女と共に魔獣の傍らにしゃがみ込んでいたが、イーグルと同じように、杖を掲げて彼女と館長の間に割り込んだ相手だった。
背を丸めて杖にもたれていた様子は老人のようだったが、こうして立ち上がると、足取りはしっかりとしていた。良く通る声は若く、冷ややかな怒気を含んでいる。
仮面は女性を背後にまわし、その杖先を館長に向けた。
「きちんと真正面から入ってきたさ。ろくでもないと言うのは、そこの禿げデブのような奴のためにある言葉だ」
館長はあからさまな悪口に、顔を真っ赤にした。
確かに禿げているし良く太っているとイーグルは納得したが、今は置いておく。
「その声さっきも聞いたぞ。あんた、あれを止めた奴か」
「だったらなんだ。関係の無い奴は引っこんでろ」
「あんた何してんだ」
相手が誰かを理解すると、イーグルは続けた。
「止めるのが遅いんだよ、その魔獣が襲ったのはオレの同級生だ。一人、あんたの魔法か何かでぶっ倒れているし、関係あるんだよ。まともに扱えないならそんなもん、連れ回してんじゃねぇよ」
どのような相手であれ、言いたいことは言うのがイーグルの性分だった。館長や芸人達のもめ事など、襲われた人々には関係が無い。部外者扱いされるいわれはなかった。
なにより、魔物に関連する類の物が大嫌いでならなかった。
「それで終わりか」
しばらく沈黙したのち、仮面が口を開いた。
相手は重そうに仮面を傾げながら数歩進み、イーグルの真正面に立ち、
「死にはしないから安心しな。せいぜい脳震盪くらいだろう。繊細な事をしている暇はなかったんでね。まさか機嫌が悪いと言っている獣を、わざわざ壇上に引きずり出そうとする馬鹿がいるとも思わなかったし、俺は留守だった」
仮面の奥で、金の双眸が瞬いた。イーグルはこちらを見下ろす相手の目を見つめながら、仮面は鳥なのに、目は猫のようだと場違いな感想を抱いた。
仮面がイーグルの胸元に杖先をあてがった。
「その甘い正義感に倣って、こちらもお礼しておこう。花形の顔を守ってもらったことをな。だがそれだけだ。グフはこの団の売りなんだよ。敬意を払われこそすれ、そんなもん呼ばわりされる覚えはないね」
「――魔獣相手に何が敬意だ。一歩間違えれば、怪我だけじゃ済まないだろうが」
視線をそらさずに、イーグルは仮面を睨み返した。
退く気配のないイーグルに対して、あるいは、その場にいた団員以外の全員に対して、仮面が
「本物を見たことすらないのか、この国の連中は。――隣国でこれなら、アルゼンが失われたのも納得がいく」
イーグルはかっと、頭に血がのぼるのを感じた。本来そこまで喧嘩っ早いほうではない、相手に不満を伝えた後はきっぱりと忘れる性質たちだ。単純な嫌味や悪態など、ずるずる引きずっても気分が悪くなるだけなので、気にしないに限る。
しかし敵意のある侮辱は別だった。悪びれもせず、魔獣を庇いだてする言い方も気に入らない。このような相手に一発も食らわせずに引き下がるなど、どうかしていると言うものだ。
イーグルが決意し、拳を構えた時だった。
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