第二章――その名はエディリーヌ⑤――
気絶する時と同様のどよめきのなかで、ライアは気がついた。見たことも無い天井とすぐ側には髪を乱した弟がいる。舞台を観ているうちにいつのまにか眠ってしまったのだろうか。
皆を待たせていたなら悪いことをしたなと思いながら、ライアは呼びかけた。
「ノア……」
ノアはすぐに気づいて、ライアを見下ろした。滅多に見ない、年相応の不安げな顔をしている。
「ライア、これ何本?」
おもむろな質問だった。何を言っているんだろうと考えながらも、目の前でたてられている指の数を答えると、続けて質問された。
「名前は言える?フルネームで」
「ライア・エレナ・フィージィですけど……」
「ぼくは誰?」
「ノア・アウレオルス・フィージィ……ねぇなにこれ?」
「良かった、正常な頭みたいだね」
「ちょっと、いくらなんでもばかにしすぎじゃないの」
「いや悪口じゃなくてさ」
そこでライアはやっと自分がベンチに寝かされていることに気づいた。もっと周りを見渡せば、見知らぬ人たちに遠巻きに見おろされていた。知らない人が口々に、気づいたぞだの、良かったなだのと話しかけてくる。
ライアはやっと気絶する直前のことを思い出し、慌てて起き上がった。とたんに耳鳴りと目まいに襲われて頭を抱えてこんだ。
「気持ち悪い……」
「いきなり起きるなってば、勢いよく倒れたんだから」
「うぅ……二日酔いの気分」
「ライア!」
ノアがライアの背中をさすっていると、人だかりの中からエリカが駆け寄ってきた。その後ろからは、ティネーフが。エリカは駆け寄るなり、しゃがみ込んでライアに抱きついた。反動で目眩がする。
「ライア、無事ね?けがはない?痛いところはない?もう大丈夫よ、お医者様が来るからね」
「良かった。何が起こったか覚えてる?」
二人はひどく心配した様子だった。ライアは自分の身に何がふりかかったのか、いまいち理解できていなかった。
「ちょっと、自信ない……」
霞を振り払うように頭を振って、ライアは訊ねた。
「なんか、変な事があったような気がするんだけど。わたし、どれくらい倒れてたの?何があったの?」
「そんなには倒れてないよ。でも、大変な目にあったね」
労る口調でティネーフが答えると、今度はエリカが、体を放して泣きそうな声でまくしたてた。
「旅芸人の見世物の魔獣が暴れだしたのよ。舞台裏で操り手を襲って、壇上でクレア達を襲って、その次はライア!食べられちゃうんじゃないかと思った!」
ライアははっとした。
「クレアは大丈夫なの?」
ティネーフがやんわりと微笑んだ。
「大丈夫。大騒ぎだったけど、結局重傷を負った人はいないんだ。魔獣も、今はおとなしくなってる」
「どうやっておとなしくしたの。わたし、最後にものすごい光を見た気がしたんだけど……」
呆れ顔でノアが話を引き継いだ。
「それだけど、旅芸人の中に魔法使いがいたみたいなんだ」
「魔法使い?」
「実際は魔法使いかどうかもはっきりしてない。そいつが魔獣を静かにさせた。ライアは巻き添えを食らったんだよ、倒れたのはそのせいだ。触れそうなくらい、近づいていたから」
ため息をついて、ノアは乱れた頭を更にかきむしった。
「とにかく、魔獣を操ることのできる人間がいるのは確かだ。それで今、劇場の運営者達がもめてる。もっと早く対処できただろうって。場合によっては芸人達は即出国させられるかもしれない」
ティネーフが珍しく不快感をあらわにさせながら呟いた。
「そんなことは衛兵に任せて、今はもっとやるべきことがあると思うけどね」
話を聞きながらふと、ライアはこの場にいない人物のことに気がついた。
「そう言えば、イーグルは大丈夫だったの?魔獣を追い払おうとしてたけど」
最後に見たのは、こちらへ駆け寄ろうとする姿だった。まさか一緒に、巻き込まれたのだろうか。ライアの発言に、ティネーフとノアが目を泳がせた。
「ええと、イーグルは元気だよ」
「あいつが元気じゃない所は、見たことが無い」
言葉を濁す二人に、ライアは首を傾げた。
そこでエリカがようやくライアを放し、ばつの悪そうな表情で首を振った。ライアは自分がまずい質問をしたらしいと気がついた。
「イーグルもなんとないわ、無事よ。誰よりも素早く行動して、勇敢だったわ……」
「今はどこなの?」
「……今日一緒に行動する予定だった、彼のお連れの所に行ってるの。彼女もひどい目にあった訳だから同情はするけど、わたしは一体、これから誰にエスコートしてもらえばいいの……」
「イーグルの連れって……女の子だったの?」
随分深刻な口ぶりのため、ライアは聞いていいものかためらいつつ訊ねた。ひどい目にあったと言えばクレアかと思いあてたが、暗い顔のエリカからは、予期せぬ答えが返ってきた。
「えぇ、女の子よ。それもただの女の子じゃないの。驚くわよ、そのお連れ様の名前はね、エディリーヌ・ローズ嬢。彼、連れとは舞台を一緒に観れないって言ってたでしょう?もっとこの言葉の意味を考えるべきだったわ……」
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