第二章――その名はエディリーヌ②――
ライア達が通う学校のあるネルサンは、二週間ですっかり祭りの風景だった。開催が学生も知るところとなった日から徐々に、人々は表立って準備を進めてきた。一見いつもの豊穣祭とやることが同じだったので、若者は密かに不安がったが、それも祭り初日の街中を見れば、吹き飛んだ。
着飾った人々や、やむことのない路上の音楽。そこ、ここに建つ出店の数は多く、惜しみなく生花を使った街境のアーチは、大変に素晴らしい出来だった。ネルサンでこれなのだから、祭りの本拠地たる王都はもっとすごいことになっているだろう。
「すごいわね。豊穣祭だって素敵だけど、流浪祭はもっとすごい」
「さすがに、観光客向けの行事なだけあるよ」
それぞれ違う感想を持ちながら、ロブの馬車を降りた姉弟は待ち合わせの場所に向かっていた。途中知り合いと何人かすれ違ったが、皆やはりめかしこんでいた。
学校前のニレの樹の影に目当ての二人を見つけた時、ライアは昨日ティネーフの言っていたことが頭をかすめた。
「エリカおはよう。待った?」
「あぁ、ライアおはよう」
ライアの考えとは裏腹に、エリカは明るい笑顔を見せた。
「良い色のドレスね、ライア。アンティークなの?」
「ううん、おばさんのお下がり。ドレスなんて着るの初めてだけど、変じゃない?」
「似合ってるわよ。今ね、首都ではライアが着てるようなのが流行りだから、全然問題ないわ。わたしとティネーフなんて、見てよこれ、おそろいにされてしまって」
言われて見てみれば二人とも、自身の髪や目の色とは真逆の物を身にまとっていた。
黒髪のエリカは、スカートを何層も重ねたようにふくらみのある、白いドレスだった。髪を結うリボンも白い。良く良く見るとスカートは下に行くにつれ段々と濃いピンクに色づくような染め方をされており、胸元にブローチで止めたリボンと、裾や襟のレースも濃い目のピンクだった。その細工が、やはり彼女は令嬢なのだと思わせた。
一方灰色の髪のティネーフは、その髪を全て後ろに流し、真後ろに裾の長い黒のベストに、艶のある硬そうな靴を履いていた。ぴったりとしたズボンも黒だった。普段そういう格好をしないのでわからなかったが、ティネーフの足はすらりと細長く、ただ立っているだけでも、絵になる姿だった。
真逆だが、それゆえ確かに、対になる二人組だった。それは何も服装だけではなく、この二人の持つ互いの雰囲気がそうさせるのだった。
「こんなことなら、自分でオーダーメイドするんだったわ。お母さんもヘザー姉さんも、おもしろがっていじくってくれたわ」
「ヒース兄さんもね」
むくれるエリカに、ティネーフが彼女の兄の名をつけくわえた。どうやら二人とも、自分たちの好みとは裏腹に、身内に遊ばれて今の状態らしかった。
「でもよく似合ってる。特に、ティネーフなんて驚いた。ノアもかっこう良くなったけど、負けちゃうかもしれない」
「かなり、余計なお世話なんだけど」
引き合いに出されたノアが、額を撫でながら、しかめつらになった。今は薄くなったものの、彼の額は朝の騒動の名残で、ほんのりと赤かった。けんかのせいで、ことさら頑固になったノアは、意地でも眼鏡をはずしはしないだろう。
ライアはこっそり、ティネーフの顔色をうかがっていた。
(ティネーフが一緒ということは、ひょっとしてイーグルは良い返事をしなかったということでは……)
エリカに面と向かって訊ねるのも気が引けて、ティネーフを見つめていたが答えはすぐに明らかになった。
いきなり誰かに肩をつかまれてふり返ると、そこには例のやんちゃな少年がいた。
「あれ?ライアだ」
心底意外そうに、イーグルが目を丸くして、そう言った。
「わたしじゃ悪いの?」
何やらむっとして、ライアはイーグルを睨みつけた。だがイーグルはけろりとした顔で続けた。
「いやぁ別に。誰かと思ったんだよ、めかしこんでドレスなんか着てんだもんなぁ。アネットにしては髪が短い気がしたし、優等生が一緒だし、不思議でさ。そっか、ライアか。木陰じゃなけりゃあ、その赤毛ですぐわかったんだけど」
ライアは返す言葉を失った。そう言うイーグルは、女の子と劇場に入るというのに、これっぽっちも格好をあらためてはいないのだ。
普段学校で目にする砂色の動きやすい野良着はもちろん、金褐色の短い髪も手入れをした様子がなく、つんつんと無造作にはねている。かしこまることを知らない、ぶしつけな態度や言葉も、いつもの彼となんら変わりはしない。あまりにもいつも道理だった。ついでに言えばノアを、優等生と呼ぶところもあいかわらずだ。
更にもってやっかいなのは、誘った張本人であるエリカが、それらのことをちっとも気にしていないことだった。
「イーグル、今来たの?」
「うん、待った?」
「いいえ、ちっとも。わたし達も今合流したところだったのよ。ねぇ?」
「まぁ、まぁね」
にこやかにそう話をふられては、ライアも同意するしかなかった。実際そのとおりだ。しかし、不愉快なのには変わりなかった。面と向かってはっきり赤毛と言われたせいでもあった。
「イーグル、あなたのお友達はまだ?確か一人連れがいると言ってなかった?」
エリカが訊ねた。
「用事があるけどすぐ来るよ。ただ、劇場での演目が終わるころになるだろうから、他に待ってる奴がいなけりゃ先に行こうぜ」
「あらぁ、じゃあその子舞台を一緒に見れないのね、残念ね」
「いいんだって。それにしてもエリカ、ティネーフと仲良いなぁ。色違いだけど、おんなじ服だろ?」
「そうなの、わたし達っていつも家族からひとくくりにされてしまうのよ、双子でもないのに……変でしょう?」
「いいや、似合ってるよ。エリカもティネーフも」
「本当?変じゃない?似合ってる?」
「うん」
素直に頷くイーグルのおかげで、エリカの表情はますます緩むようだった。そんな彼女を見てしまっては、嫌だと口にできるわけがなかった。
ライアは一応応援するつもりではいたのだ。たとえその相手がイーグルであろうと。ライアのドレス姿を褒めなかったばかりか、ほかの女の子と間違えそうになっていたイーグルであろうとだ。
(別にイーグルに褒められたくて、ドレスを着たわけじゃない……)
負け惜しみとわかっていたが、心の中で言い返すしかなかった。別の誰かに間違われるほど、このドレス姿がちぐはぐなんだろうかと思うとやるせなかった。
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