第一章――流浪祭④――
学校から帰るなりライアがやったのは、お金の確認だった。ノアにも命じて二人で財布の硬貨を出し合い、躍起になってクズ鉄でもいいから落ちてないかと家中を探しまわった。それこそテーブルの下椅子の下はもちろん、寝室のベッド回りや貯水桶の裏、普段開けることの無い物置棚まで見て回った。
そうして見つけた硬貨を寄せ集めると、ティネーフから聞き出した見物料の目安には至らなかった。一人分には多く、二人分では足らない。
「どうしよう」
テーブルの上に並べた硬貨を睨み、ライアは頭を抱えた。情けないことにフィージィ家の現在の貯蓄は、三日食べていけるかどうかも危ういものだった。本来なら学校に通うよりも仕事を見つけて働くほうがふさわしく、ロス家の援助無しではやってこれなかったであろうことが、ありありとわかる。
「これじゃ劇場に入るには足りない」
「そんなに悩むことなわけ。一人分あるのに」
「だからこそでしょ。わたしかノアのどっちかが、行けなくなるのに」
「ライアが行ったらいいじゃないか」
悩むのがばかばかしくなるほどあっさりと、ノアは言ってのけた。
「悩む必要ないだろ。そりゃあライア一人で、知らない人間だらけのところに行かせるのは不安だけどティネーフやエリカがいるんだからさ」
保護者のような言い方をされて、ライアはむっとした。
「そういうことじゃないでしょう。ノア、十年に一度の大祭なのよ、しかも十年前は行われなかったから、二十年ぶりなのよ。楽しみじゃないの?」
「そりゃあ興味はあるよ、観光客が大勢来ると言うし。もしかしたらドワーフやハーフリングにも会えるかもしれない。それぞれの種族の文化や価値観の違いを本以外で少しでも体験できるのは、贅沢なことだと思う」
あまりにずれたことを言われて、ライアはますます腹立たしくなった。かしこくなくていいから、やはりもう少し可愛げのある弟が欲しかった。
「そうじゃないったらもう……たまには勉強を忘れて、遊ぼうと言ってるんだってば」
「祭りが行われてる一週間の間に、他の奴らと差をつけておきたいんだよぼくは。そもそも流浪祭自体に興味はないし。いたかもわからない魔法使いを尊んで、ありもしないお宝を探す人間が現れたりする。こんなにばかばかしいことはないよ」
「あんたって、本当かわいくない。屁理屈ばっかりごねてないで、一緒に楽しめばいいのに。みんなが楽しんでる間、あんた一人学校の皆と差をつけることばっかり考えてるなんて、不健康よ。どうかしてる」
「けっこうだね。どっちにしろ一人分だ」
むっすりと言い捨てたノアだったが、ふと、思いついたようにつけ加えた。
「でも、二人分にならないこともない……」
「隠し財産でもあるっていうの?」
「ちょっと違うけど。あいつの部屋の本を全部売れば、劇場に行ってもおつりがくると思うよ」
「本を売る?」
ライアは思わず大声になった。
「だめだめ、そんなの。いくら家にいない人の所有物だからって、思いきりがよすぎでしょう。お父さんが帰ってきた時、なんて言うか」
「まだ帰ってくると思ってるわけ?」
鋭く言われて、ライアは言葉に詰まった。ノアは冷ややかな視線を姉に向けながら、続けた。
「そんな保障はどこにもないよ。消えて八年、連絡が途絶えて二年だ。何かしてもらった覚えもない。親らしいことができないって言うんなら、こっちだって、子供らしくしてやる必要はないよ」
「でも本なら、勉強の役にたつ物だってあるかもしれないじゃない」
「ないね、見なくてもわかる。伝説の魔法使い!ラピスラズリの小箱!こういったしろ物ばかりだろ。ぼくは流浪の民になんてなるつもりはないよ、まっとうに生きる。だから必要ない。売ってしまえば、生活のたしにもなる」
冷笑しつつも、ノアの目の奥には火花が宿っていた。ライアとて父のことを快く思ってはいないが、彼女以上に接する機会がなかった弟のほうが、その気になればどこまでも冷たくなることができる。父が旅立った時、ノアはまだ五歳だったのだ。
ライアは悩んだ末テーブルを叩いた。
「わかった、もういい。劇場は諦めよう!」
ノアはきょとんとした。
「なんだよ急に」
「急じゃない、とっても考えたんだから。本を売るにしたって運び出すのが大変よ。本棚からはみ出して、ベッドも床も埋まってるし。だからいい、無し。劇場は諦める」
姉の決定に、ノアは気がくじけたようだった。一度決めたら、もうふり返らないのがこの姉で、潔いが唐突すぎることがあり、それが時にひどく気まぐれにノアには感じられた。
まだ言い足りなそうに、ノアはぶつぶつと呟いた。
「ライア一人で行けばいいのに」
「いいの。ティネーフだって、ほかのことで楽しめばいいって言っていたし」
「次の流浪祭は十年後だけど」
「だったらなおさら好都合!その頃にはわたしたちも大人になって働いて、今よりもう少しは、遊ぶお金に余裕があるでしょうよ」
たちまちノアは渋面をつくった。
「やめろよ、十年後までライアのお守りなんかしたくない」
「それ、どういう意味」
二週間後、姉弟に思いもよらないことがおきた。ひとつは、なんだかんだでこの姉弟に甘いロス夫妻からの贈り物で、祭りを楽しむためのおこづかいと晴れ着。
そしてもうひとつは、ポストに投函されていた一通の手紙。
差出人の名はアウレオルス・フィージィ。姉弟の父からだった。
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