第一章――流浪祭③――

 アルシェルク大陸で春先の祭りは、大きく分けて二種類あった。ひとつはこれからの収穫と、平和の祈りを捧げる豊穣祭。そしてもうひとつはアルシェルク大陸の名物とも言える、十年に一度の流浪祭。

 流浪祭とは、かの伝説の魔法使いをたたえる大祭だった。もともとの名前は帰還祭と言った。魔法使いが旅立ち、無事帰ってきた十年の軌跡を功労して開かれたのが始まりだとされるのだが、これはあまり民衆にははやらなかった。

 それと言うのも、この大祭目当てにやってくる他国の観光客が多くいて、中には祭りにあやかって旅立つ者たち――つまり、ライアの父と同じ流浪の民が、この時期のアルシェルク大陸に多く出現した。いつの間にか一般では流浪祭と呼ばれるようになり、誰もその呼び方に疑問を持たなくなってしまっていた。

 七日七晩も祭りは催されるのでなおさらだ。


「もうお祭りの準備はほとんどできているのよ。ただね、十年前のことがあるでしょう?豊穣祭と流浪祭、どちらを行うか迷ったと思うわよ。だから開催の二週間前なんて半端すぎる時期に、祭りのおふれがきたわけ。――大陸の主国は、今やあんな状態だし」

「そうか、慎重になるよね……私も今まで、おじさん達から聞いたことある程度だったし」

「無理ないわ。考えても見て?わたし達、初めて流浪祭を体験するのよ。前回はお祭りどころじゃなかったし。よその大陸の人々も立ち寄りたがらなかったって言うしね。国王陛下の英断に感謝だわ」

「大感謝!ね?」


 ライアがふり返るとティネーフが片手を上げて、聞いてるよと示した。

 内気な男の子二人は、身内の女の子達のはしゃぎっぷりに恐れをなして、一歩距離をとっていた。何を言っても、彼女らにつきあわされるのは目に見えており、いつものことと諦めきっていた。


「お祭りの初日はおめかしして、劇場にでも行きましょうよ。学生の演目なんてのもあるらしいわよ」

「エリカ詳しいね、わたし劇場って初めて行く。それなら、ほかにも誰か誘わない?ソフィーやアネットや、あとはそうだ、クレアも…」

「あ、ライアちょっと待って」


 なじみの友人の名を述べていると、エリカがあわてた様子でそれをさえぎった。ライアが友人を見やると、エリカは後ろの二人を気にしながら、声をひそめて話しだした。


「わたし誘いたい人がいるのよ。もしかしたらその人も、誰か連れがいるかもしれないから、ソフィーたちを誘うのはちょっと……」

「いいけど、誰を誘うの?」


 エリカは口元に手をそえると、よりいっそう小さな声でささやいた。


「イーグルを誘いたいの」

「イーグルぅ?」


 ライアは思わずのけぞった。エリカが彼女の口をおさえ、しーっと指をたてた。


「大声出さないで、後ろの二人に聞かれちゃう!男の子はもちろんだけど、女の子に聞かれたらもっとまずいんだから。イーグルは人気あるんだからね」


 うといライアも、さすがに気付いた。エリカの手を払いつつ確認をとる。


「それは、つまり、イーグルが好きだってことなの」

「そうはっきりと言わないでよ」

「ほかにもそう言ってる子がいるの、イーグルってもてるの?」

「あたりまえでしょう」


 当然のように断言されても、ライアは納得いかなかった。


「……どこがいいの?」

「どこって!……ライアったら」


 エリカは一瞬目をむいたが、あきらめるようにためいきをついた。


「とにかく、誘わないでね。ぬけがけだなんだと言われるんだから」

「まさかソフィーもなの?アネットも?クレアまで?」

「全員がそうってわけじゃないわよ。でも人気あるって言ったでしょう。友達の友達までいったら、誰か一人はそうかもね。ライアって男の子を好きになったことある?ないんじゃない?」

「そんなことない」


 あわててライアは言い返したが、あまり発言力はなかった。一人、二人の男の子の顔がライアの頭に浮かびはしたものの、ときめくものはなく、踏みしだかれた霜のように儚かった。


「イーグルはね、一見がさつそうに思われがちだけど、実はそうじゃないの。かっこいいんだから。体育の授業、いつもトップクラスなんですって」

「かっこいいね……」

「それにとっても紳士よ、女の子皆に優しいの。同い年の男の子たちに比べると、ずっとね。だから競争率高いのよ」

「紳士ね……」


 どこがだろうとライアは思ったが、口にはださなかった。本物の紳士ならば、むやみやたらに遅刻はしないし、廊下に立たされたりもしないはずだ。



 教室に着くなり真っ先に、イーグルのもとに向かったエリカを見て、ライアは彼が好意を持たれる理由を探していた

 イーグルは、実に活発な少年だった。何かと体を動かさずにはいられない、やんちゃ小僧と呼ぶにふさわしく、体育ではいつでも先生に褒められているらしい(体育は女子と男子で分かれているため、ティネーフやノアから聞いた話だ)。

 それ以外の授業中の態度に関しては不真面目とは言わないが、集中しているようにも見えない。頭が良いと言う印象も受けない。半分は寝ているような気がする。

 かっこいいと、言われて良く観察すれば確かに、目を引く容姿はしていた。

 鼻筋や口元は形良く、つんつんとあちこちはねる金褐色の髪は光を良く弾いて輝く。彼のつり上がる赤い瞳とも相まって、見た目だけでも記憶に残る印象だ。

 同年代の男の子の中では小柄なほうだろうが、日に焼けた肌は健康的で、見た目だけで言うならば、将来の男前を予感させなくもなかった。

 だがライアからすればどうしても、子供っぽさのほうが目につき、紳士的と言うならば彼よりも、ティネーフの方がふさわしい気がした。

 イーグルとは対照的に、熱のこもらない口調で、ふるまいも非常に淡白なのがティネーフだ。常に一歩引いているような所がある。

 色白で、日に透ける灰色の髪や、暗灰色あんかいしょくの目尻が少々下がりがちの瞳は、どちらかと言えば女性的な柔らかさで、彼自身の活動的とは言い難い性格を良く表していた。

 身近にいるのが賑やかなエリカなので、反対に彼はおとなしくなったのかもしれない。男の子にしては聞き上手な気がする。

 しかしうるさいくらい快活なイーグルに比べれば、物静かなティネーフの方が、ライアは好感を持てた。それがノアに対する気安さと同じであることに、ライアは気付いていなかったが。


「ライア、エリカはイーグルに何を話に行ったの?」


 四人並んで座れる長方形の長机で、頬づえをつきつつ二人を観察していたライアは、ティネーフに呼ばれてはっとなった。隣に座るティネーフを見ると彼はその柔和な眦を下げて、けげんそうな顔をしていた。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 ライアは首をふった。


「あのね、明日劇場に行くでしょう。一緒に行こうって誘いに行ったの」

「ふうん……じゃあ明日ぼくは別行動になるかもね」

「え、それどういうこと?」


 驚いたライアに、ティネーフはちらりと微笑んだ。


「イーグルがいい返事をしたなら、エリカはぼくを誘わないかもしれないってこと」


 ライアはそれはありえないと思った。ライアの知る限り常に、エリカとティネーフは行動を共にしている。赤ん坊の頃からそうだったと言う。別行動をとる二人など想像がつかなかった。

 だが言われてみれば、それは障害になるかもしれない。

 例えばエリカとイーグルがうまく行ったとして、それこそ恋人同士になり得たとして、そこにティネーフが加わったらどうだろう。いとこで幼なじみとはいえ、イーグルからすれば面白くないのではないか。いや、イーグルよりもエリカのほうがティネーフをうっとうしがりそうな気がする。

 ティネーフはそのことを、エリカやライアよりも心得ているようだった。それが意外で、ライアは何やら気おくれするものを感じた。


「今さらだけど、ノアも実は誘いたい子がいたりする?」


 矛先を変えたライアだったが、ノアは教科書類を机に置きながら短く答えた。

「そんなのいない」


 ずれた眼鏡を指で直して、ノアはライアをねめつけた。


「それよりも、浮かれるなと言うつもりは無いけど、もっと他に気にすべきことがあるんじゃないの」

「気にすべきこと?」


 ノアは大仰にため息をついた。


「ライアさ明日行こうとしている劇場が、まさかただで見物できると思ってやしないよね。支払うものが必要になってくるけど」


 ライアは今さらなのは自分の方だったということに気がついた。

 言われてみれば当たり前のことだった。たとえ旅芸人の一座だって、おもしろいものをたくさんの人に披露するからには、もらえるものが無ければ商売にならないではないか。

 浮かれている場合ではなかった。なにせライアとノアが自由に使えるお金は少なく、ノートやインク瓶で消費されるのが大概なのだ。


「おこづかいの余りで足りるもの?」

「微妙なところだね……」


 隣で姉弟のやりとりを見ていたティネーフが、言いにくそうにそう告げた。


「でも、エリカのことだから、なるべく学生でも入りやすい所を選ぶと思うよ。自分から言ったことだし。もし難しかったら、ほかのことで遊べばいいよ」


 ティネーフの助言はありがたかったが、そもそも遊ぶ金自体があるのかという話だった。しばらく色々ときりつめないといけないのかもしれないと、悩むライアだった。


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