第1話 (5)

玲雄れお、おっはー」


昇降口で、不意に上級生が軽い口調で挨拶をしてきた。軽く毛先を巻いた、黒髪のポニーテール。俺の名前を呼びながら、短いスカートを揺らしてこちらに近づいてくる。この上級生もまた、夏がよく似合う人だ。


「…」


──成海なるみ先輩。中学の時の先輩。なんとなく、今は会いたくない人だ。

そんな気持ちを知ってか知らずか、ひょうひょうと近づいてくる。


「元気ないねー?そんなに朝苦手だっけ?」

「痛い痛い。叩くなよ」


明るい口調に合わせてバシバシと背中を叩いてくる先輩。

なんとなく白咲と似ているところもあるかもしれないが、性格はさっぱりとしていて真逆なので白咲とはまた違う明るさの人なのだ。


「なになに?慶崎くん」


白咲が後ろからひょっこりと顔を出して不思議そうな顔で先輩を見つめる。


「ん?おはー。成海だよー。三年だから先輩だね」

「地元の先輩。中学が一緒だったんだ」


先輩も太陽のような明るさをまといながら、爽やかに返事をする。

俺のストーカーのプロフェッショナルな白咲なら知っていたかもしれないが、一応紹介しておいた。白咲のことだから嫉妬で顔を歪ませるかと思いきや爽やかな後輩らしい笑顔で挨拶に答える。


「そうなんですか!二年の白咲って言います。よろしくです!」


珍しく余計なことを言わない白咲にほっとしつつ、俺たちは先輩と別れようとする。


「あ、慶崎くんの妻になる予定です。」

「違うから。本当に勘違いすんなよ、先輩」


いつも通りの白咲に内心ブチ切れ、急いで先輩に訂正をする。


「あはは、ならよかったよ」


先輩はいつものようにころころと笑い転げていた。

───何がよかっただよ。何もよくないだろ。


じゃーねーと手を降って男女のクラスメイト数人と共に廊下へ消えてゆく先輩。

先輩の姿が見えなくなって、なぜか胸がほっとする。

心臓がドキドキして少し胸が苦しくなる。


「慶崎くん…」


白咲が俺の顔色を伺うように、覗き込んでくる。


「低血圧、低血圧」

血圧を上げるためにと、コーヒー牛乳をごくごくと喉に流し込んだ。ストローは噛み跡でギザギザになっていた。



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