第1話 (6)

ストローを噛みすぎてもはやストローの役割を果たしていない。

だんだんとコーヒー牛乳の味がしなくなってくる。

低血圧によるものではない動機がするし、暑さのせいでもない汗が首筋を伝う。

夏の日差しを真に受けたのかそうでないのか、頭の中の血管がぎゅうぎゅうと収縮し、くらくらと脳を揺さぶる。


「…」


白咲が俺の手を握った。白咲の手のひらは柔らかくてあたたかかった。


「白咲、」


離せ、という意図で名前を呼んだが白咲は手を離さない。

白咲はこういうとき、余計な言葉を発さない。ただひたすらじっとだまって、俺が落ち着くまで待っている。

さすが俺のことを知り尽くしたストーカー──いや、俺のことを知っているならストーカーするなよといいたいところであるが…。


俺の手を握り締めたまま、白咲は優しく言う。


「……苦手なのね。先輩。…ごめんね。あと一本遅らせればよかったね。電車」


白咲が謝ることではない。同じ学校に通っている限り、先輩に会うことは必然なのだから。しかも、この高校を選んだのは誰でもなく自分自身である。

それにあと一本遅らせるとまた遅刻カードの刑にあうことになるのだ。


それをきちんと伝えることもできず、ただ目の前の自販機をずっとみつめていた。


「……白咲、今なにがしたい?」

「今?慶崎くんの制服のネクタイをめんつゆに浸して食べたい」


突然の俺の問いに迷うことなく、白咲はすっぱりと答える。


「…もっと言って」

「慶崎くんの汗で焼きおにぎりを作りたい」

「……」

「慶崎くんの生まれた病院に行って感謝を述べたい。…あっ」


気がつけば白咲の頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。

今は白咲のこのアホ面を視界に入れていないと気が狂いそうだ。

乱暴に撫でているにもかかわらず、えへへー。と幸せそうに笑っている。


さっきまで白咲に握られていた手は、ほんのりと熱を帯びていた。


「なあに?慶崎くん。わたしのこと好きなの?付き合う?」

「……遠慮しとくわ…」


先ほどの白咲の狂った言葉を思い出しながら、いつものように笑顔で告白する白咲に断りをいれる。


なぜ白咲はこんなにもなににも負けない鋼の心を持っているのだろう。


このままでいいのだろうか。白咲のことも、先輩のことも。自分のことも。


「じゃああと今日は5回は告白しなきゃね〜」


白咲の声が夏の空にとけてゆく。


白咲は俺に振られても、何度でも何度でも立ち直る。

俺にはない完全な強さがあるのだ。

それはまるでゾンビのように。

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