第1話 (1)

初めて白咲しろさきに出会ったのは、高校一年生の春だったと思う。

エレベーターのない古い駅で、よたよたと松葉杖をかかえて階段を降りる長髪の少女。

同じ高校の制服を着た生徒だというのもあり、自然と「持つよ」と声をかけてしまった。

「…え?」

急に話しかけられて驚いたのか、動きをしばし一時停止させて俺を見上げる少女。

ぱちぱちと長い睫毛と共に瞬きを繰り返し、俺の顔を見つめている。

どこか自信なさげだが、一目でわかる可憐な少女だ。白い肌に、眉の下できちんと切りそろえられた前髪。まるで今朝家を抜け出してきたどこかの家のお嬢様のような、そんな雰囲気さえ感じさせられる。

「いや…鞄と、松葉杖。降りにくいだろ」

少女の可憐さにたじろいだのを悟られないように、早口で説明する。少女はゆっくりと微笑んで、ありがとうございます。と小さく感謝を述べた。

そのあと学校に着くまでの電車の中で、ぽつぽつと話をした。少女は同級生だが違うクラスであり、白咲しろさきという名前であること。俺も簡単に自己紹介をし、化学の担当の先生は一緒だとか、体育の高校オリジナル体操が覚えられないだとか、くだらない話をしているうちに学校へついて、ああ、そこで成海なるみ先輩が元気におはよー!と挨拶をしてくれて、白咲とは別れたんだっけ。

とまあ、意外と詳細まで覚えているわけである。


慶崎けいざきくん、わたしと初めて出会った時のこと覚えてる?」

「まったく覚えてないな」


以上、すべて俺の妄想でした。


「あれはね、一年生の春。ギブス状態のわたしを階段で慶崎くんが助けてくれて──」


というわけでもなく、事実である。


「もう五万回聞いたから説明しなくていい」

「じゃああと49980回は語らせてもらうね。慶崎くんはあの時優しくてかっこよくて──」

「やめろって言ってんだろ!!」


どうも白咲の昔話は小っ恥ずかしくて聞いてられない。なんか妙に脚色されてるところとか。


「…慶崎くん、顔色悪い?大丈夫?」

ふと、自分でも気づかないような体調の変化を白咲に指摘された。

「…低血圧だからじゃない。朝は誰でも体調悪いもんだろ」

「そっか。低血圧の慶崎くんも大好きだよ♡」

「うるさい。声がデカい」


そんなこんなでいつものように白咲と投げやりな会話をし、血圧がいい感じに上がる頃に高校の最寄り駅へと到着する。時刻は8時25分。


「めちゃくちゃ遅刻じゃねえか」

「遅刻だねえ」


のんびりと白咲が相槌を打つ。あと少しで担任によるHRが始まる時間だというのに、なぜこんなにものんびりしているというのか。

そもそも白咲は遅刻などしない。時間はきっちり守るお手本のような優等生なのだ。なのにこんなギリギリな時間の電車に乗り込んでいるのは、朝っぱらから俺をストーキングしているためである。


「走れよ。俺のせいで白咲の内申点が下がるのはさすがにカバーしきれない。いや、お前が俺をストーカーしてるのが100%悪いんだけど…」

「やだ、慶崎くんわたしの成績心配してくれてるの?優しいねえ」


やめろ、うっとりした目でこちらをみてくるな。


「いいから走れ。お前の足ならまだ間に合う。俺のことは構わず行け」


どこかの映画で聞いたような台詞を交えながら白咲の背中を乱暴に押す。


「やだーー!!慶崎くんと1秒でも長くいたいの!!内申点なんかクソくらえだよ!!」


白咲は改札前で立ち止まり、スーパーで見かける駄々っ子のようにそこから動かなくなる。

仕方がない。白咲が俺のせいで内申点が下がるとか、遅刻指導を受けなければならないことを想像すると勝手に体が動いていた。遅刻指導、結構しんどいんだ、あれ。


「走るぞ、白咲」

「あっ」


白咲の細い腕を取り、改札を出る。

白咲の腕があまりに細くて少し驚いた。

相変わらず女子ってびっくりするほど華奢だなとか、真夏の日差しっていつまで経っても慣れないなとか、そんなことを脳裏によぎらせながら後ろをふりむくと


「………………」


頬を上気させた白咲が俯きながら健気についてきている。あれほど朝からうるさくお喋りしていた白咲が、手を取っただけでこんなに大人しくなるなんて、少し可愛げがあるんじゃないか。とか余計なことを考えてしまった。大人しく健気という新鮮な白咲の手を引きながら、俺たちは真夏の日差しを真にうけながら校舎へ走り出した。

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