第8話

 歯車という小さな部品は人類が文明を押し上げる大きな発明の一つだ。しかし、世界にあまねく浸透した磨法という技術は、それをもってしても人類に原理的思考ないしは理論の究明をあやふやにさせたという一面がある。


 端的に換言するなら『ボールは転がる』。


 磨法とは『想像力+物理知識+磨法陣』が要となる技術ではあるが、割合として想像力が大きな部分を占めるものだ。次に磨法陣の構築が、最後に物理知識となる。焚き火に例えるなら、想像力が薪に当たり、着火に相当するのが磨法陣だ。


 ここで勘違いしてほしくないのが、この二つがあってもというところだろう。


 確かに、木材に火を当てることはできる。だが、それを燃焼させ、燃焼を継続させるための連鎖反応を維持し、己の望む適切な火の大きさや強さを引き出せなければ、恩恵とは言えない。角材を隙間なく立方体に積んでも火は着かず、小枝を一本燃やしたところでパンは焼けない。


 だから人は焚き火をするとき、適切な木材を選び、空気の供給が起こるように適切な並べ方をし、調理をするならその調理にあった火の大きさを維持するため適切な量の薪をくべる。


 それこそが『物理知識』だ。


 だが世界に磨法が蔓延り、物理知識を追い求めなくなれば、既存の体系的な技術以上の発展はなくなる。『ボールは転がる』のが当たり前。移動系統の磨法陣をボールにえがけば、込めた磨力量にしたがって転がり続ける。大量の磨力を込めたからといって速さが増すことはなく、ただ転がり続けるだけだ。速さが欲しければ相応の物理知識を以て想像し、磨法陣の構築をしなければならない。


 逆に言えば、その知識が曖昧でも、体系的に確立された磨法ならば誰もが使えてしまう。故に、この世界の人類には探究心というものは少ない。言葉を変えるなら、好奇心の薄弱である。


 何故って、今のままで充分便利であり、自分がなにかをしなくてものだから、わざわざ自分の頭を捻る必要がないのである。



「やっと着いたよメミゴタバ!!」


 小さな身体を目一杯広げて喜びを表すニーポは、ほんのり涙を浮かべていた。


「着いたわ、着いたのよ! 到着しましたわ! つい言葉が乱れちゃうくらいのこの感動……! 村って良いわね。ワイバーンが襲ってこないんだもの。人類が産み出したもののなかで防護結界って文化の極みだとおもわないかしら!」


 あたし妖精だけれども! と感極まっているミニマム妖精ニーポちゃん。電子回路が輝いて透ける羽が小刻みに震えている。


 そのニーポが立っている土台のアグニも両手を高く突き上げて喜びを享受しているが、こっちはほんのりどころか号泣であった。笑顔で号泣、鼻垂れ男子のアグニ君である。


「ほぉんど……よがっだぁー!! ジーグ父さん、メリッサ母さん、無事に村に着けましたよ、俺ぇ……!!!」

「ちょっと、アグニったらマジ泣きじゃない」

「だって、ちょー怖かったし」

「ま、まあ、それは否定しないけど……それでも泣きすぎよ。内蔵は気持ち悪かったけど、そこまでじゃないわ」

「やめて。思い出させないで。また吐くから」

「あんたこそやめなさいよ! あたしまで気持ち悪くなるじゃない!」


 ニーポはゲロンチョ現場を危うく思い出してしまうところだった。頭をふって話を進める。


「で、この村で良いのよね?」

「関所のおっちゃんが言うには、初期洗礼の証は都市以外の村なら何処でも手に入れられるって言ってたし。大丈夫じゃないかな?」

「そう、ならいいわ」

「すぐ行く? 俺、まだ歩けるし」

「そう、ね。アグニが良いなら、あたしは構わないけど……」

「? 歯切れが悪いね」


 アグニは自分からは見えない頭の上に視線を向ける。


「べ、別に……ここに来るまで大変だったし、休憩してからでもいいかな、って思っただけよ」

「ふーん、そっか。──ありがとう、ニーポ」

「……ッ! いいから、ほら! なにか口にいれましょう。あたしだってアグニの頭にくっついてるのでいい加減に握力がバカになりそうよ」

「なら、どこかに入ろうか。ニーポがおバカさんになっちゃう前に」

「ならないわよ!」


 笑って、適当に返事をして、歩き始めるアグニ。それから僅かばかり歩いて目に留まった『注文のない化け猫店』に入ることにした。アグニは、経験のない記憶に似たような文句があるのを思い出して少し可笑しくなった。それに気付いたニーポは何を勘違いしたのか、赤くなっていた。


「な、なに笑ってるのよっ」

「なんでもない。なんでもないよ、ニーポ」

「~~っ、もう! バカアグニ」



 閑話休題。


 休憩がてらにご飯を食べて、それから初期洗礼を受けるために教会に移動する二人。注文のないと銘打つ料理店には本当に注文──メニューがなかった。ブロンズからゴールドのクラス分けがあって、最初に料金を渡すとそのクラスに合った料理が勝手に出てくる。好き嫌い、体に合う合わないといったことなど尋ねられたわけでもないのに、好きな食材が体調に合わせて出てくるのだから不思議な店だった。二人は、あれが美味しかったや、今日はこの村に滞在して明日また行ってみようなどと言いながら足を進めて、しばらくすると教会に到着した。教会の屋根についている『十字架に鳥の羽が四本生えているようなモニュメント』を見てアグニとニーポの声が揃う。


「ないわー」

「ないわー」


 白い十字架に白い羽。──であったなら、いくらかでもマシだったのだろう。けれどそれは金ピカに銀ピカがくっついているド派手なモニュメントだった。差し色なのか所々が赤く塗り分けてある部分もあるからさらに酷い。これをモニュメントと言えば世界に遺された他の作品の品位まで下げるのではないか……そんな余計なことすら頭をよぎる派手さに二人は面食らってしまう。


 アグニは頭の上にいるニーポへ向けて、そっと尋ねる。


「本当に?」


 その言葉を受けてもすぐに返すことが出来ないミニマム妖精ニーポちゃん。小さくてキュートな頭のなかはなんだかもうゴチャッとしていた。アグニも別に『こんなとこで洗礼を受けるの?』とか聞きたいわけじゃない。つい、である。


 ──神よりも位は下ではあるものの、妖精を使いとして奉る宗教。そう聞いたからあたしはここにいる。だけど……。


 その話が事実かどうか怪しんでしまえるほど、それは派手すぎてグロテスクだった。


 さて、ここで事実を明かそう。

 そもそも、ニーポがここにいる理由はアグニに守ってもらうため。では何から守ってもらうのかと言えば、朝方まで居たブリアレオス皇帝国からである。そう、皇帝国がニーポを捕らえて何かを企もうとしているのだ。


 けれど、そうは言っても。ブリアレオス皇帝国には五つの派閥があり、王室派、騎士派、磨法技術派、商業派、貴族派にそれぞれが分かれるのだが、その内の一派閥に追われていると言った方が正確ではある。それが──。


磨法技術革新機構研究室まほうぎじゅつかくしんきこうけんきゅうしつ


 通称、マギ研だ。

 この世界にある磨法という技術体系を、革新的に発展させる為の研究団体──対外的にはそうポーズをとっているが、実際のところは国王ブリアレオス十三世すら知るところではない。どうやら裏で貴族派閥と繋がっているようだと噂されるが、それは、語られることはあっても信じられることはない都市伝説と同程度の信憑性しかないのである。


 だが、ニーポは事実、その闇に囚われたことがあった。気付いた時には鳥かごの中に閉じ込められていた。相手の隙をついて籠から飛び出し、迷路のような施設を必死に逃げて、ようやく外に出たと思ったときにはとある墓地の地下から飛び出したところだった。そのときだ。追手が仲間を相手にこんなことを言ったのは。


『逃がすな。必ず見つけろ。。我々マギ研が真理に近づくための手懸かりだ!』


 ニーポは息を殺して逃げた。

 そして逃げた先でオークジャイアントに補食されかかって、アグニに助けられて、今に至っている。


 ──あたしを追ってくる相手は世界の大国、ブリアレオス皇帝国。その内の磨法技術を研究する機関からだから大国そのものを敵に回してる分けじゃないんだろうけど、それでも帝国に居るよりはと思ってここまで逃げてきた、けぇどぉ……選択肢、間違えたかな、あたし。


 ニーポはひきつった笑みを浮かべて、教会の屋根に突き刺さっているモニュメント、改め奇怪オブジェクトを見上げるのだった。

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