第5話

 どんな存在の行動にも理由はある。


 それが慣性ないしは惰性的でなく、自律的であれば、求めた結果を生み出そうとする意志が介在していなければおかしい。他律的であっても、他者の意思による行動が結果を生み出すものだ。


 故に。


「と、言うわけで! やってきましたウスンチカ!!」


 両手両足を空中で目一杯広げながら妖精は言った。ビッカビカの笑顔だった。


「なんでこの子はこんなに元気なんだろう」

「逆になんでテンション上がらないのよ、あんたは!」

「とか、言われてもなぁ……はぁ……」


 アグニたちはついさっき隣国との境界線をなす山の麓の街に到着していた。検問をパスするとき持ち物をガサゴソと検分され、胡散臭いやつを見るような目を向けられたが、肩に乗っている妖精を見た瞬間、笑顔になった。


 どうやらこのおっちゃん、隣の国からの出向らしく、おっちゃんの国では妖精は神の御使いとして見られているらしい。なんならアグニへの態度すら改まっていた。肩の上の妖精はなんだか自慢げである。


 しかしさて、どうしてこんなに妖精とテンションが違うのか。


 端的に換言すれば、こうなる。


「だって、人種ひとしゅばっかりなんですもの」


 言われた妖精は呆れたように片眉をあげた。


「はあ? なに言ってるのよ、あんた。人って生物いきものはそれこそ蛆のようにわくじゃない。だったら世界に沢山沸いてたって不思議もないでしょ。なにを今さら」


「いや、だって! 帝都の帝国図書館で知った限りじゃあ、この世界には人種以外にエルフとかドワーフとかリザードマンとかトレントとか! 沢山いるって書いてあったから!」


「ああ、そういうこと……あんた、本当にこの世界の人間? ……いいえ、人種って互いに殺しあう割りに集団的な動物だったわね。集まるのが人種の性質だって教えられてたら、人の群れから出れば他の異人種がいるって思っても仕方ないか」


 妖精は小さくため息をはくと、人差し指をピンと立てて偉そうに言う。


「いい? あんたが今までどんな生活をしてきたのか知らないけど、ここブリアレオス皇帝国は、特別区以外で異人種が活動することは難しいの。他の国からの入国は特に厳しいし、国内で生まれたとしてもひと種の生活圏で生きることは特別にきつい制限が設けられてる。簡単に言えば住む土地をひと種の生活圏から切り離されているのよ」


「同じ人類なのに。人間はやっぱり下らないな」


「同じ、ねぇ。──あんた、って考え方が、そもそも差別的だって知った方がいいわよ? それに、倫理や道徳がひと種同士でも違うってのに、体質すら異なる異人種がお手手繋いでルンタッタ~とか、できると思ってんの?」


「どういう意味? 食べものや見た目が違ったって、言葉は通じるじゃん。帝都にだって異人種の兵隊がいるってジーグ父さんから聞いてるし、わざわざ生活圏を切り離さなくても」


「でた、言葉が通じる説。……まあ、いいわよ。あたしが言うことを理解できなくても、意味くらい自分で考えることは出来るでしょうし。あんたの頭だって、使ってあげなきゃ可愛そうだし」


 妖精はからかうようにアグニの髪を引っ張った。そしてそのまま頭に股がる。アグニが感じる妖精の体重は、見た目に反して以外と重い。


 ──女の子に年齢と体重は簡単に聞いちゃダメだってメリッサ母さん言ってたから口には出さないけど……肩が凝りそう。


 頭の上の妖精は髪の毛を手綱のように掴みながらウキウキしている。


「さぁてぇ~。ここから目的の街までは洞窟を抜けて、後は街道を道なりに進むだけ! いい、アグニ。ひとつ忠告よ? ブリアレオス皇帝国とこれから行く隣国の聖法貴国ロシスマンは、ここシーアユーラ大陸の北方をほぼ人種で固めた三大列強のうちの二ヶ国。特に、目的地である都市国家──法務都市ユグユグは、聖法貴国ロシスマンの中に存在する特別自治国になっていて、街の九割が人種で構成されているひと種国。国内国家とでも言うのかしら? まあ要は、人種が蔓延る国なのよ」


「ええ……また人ばっかり?」

「はいそこ、がっかりしない。この二つは特に人種と異人種とを隔てることに力を入れてるからしかたないのよ。って言っても、皇帝国と聖法貴国ロシスマンじゃ、異人種の扱い方が大きく違うんだけどね」


「違うって?」

「まあ、言ってみれば──って所よ。皇帝国は帝国領土内の異人種地区に極力干渉しないようにしているけど、聖法貴国ロシスマンひと種以外の異人種をの。なんだったかしら、そう、絶対神とやらが造ったのが人種で、邪教の神が造ったのが異人種である! 故に、選ばれた我々は異人種とは魂の格が違うのである! とかなんとか──って、もう! あんたのせいで話が飛んだじゃないっ、おたんこなす! えーと、そう! 忠告よ、忠告!」

「えぇ……理不尽」

「はいそこ黙りなさい」


 妖精はコホンッ、と咳払いをひとつ挟んで。


「さっきも言った通り忠告はひとつよ」妖精は頭の上から耳打ちするように言う「いい? この関所からトンネルに入って出た先が聖法貴国になるけど、もしも向こうの国で異人種を見かけても、声をかけちゃダメよ?」

「ええ! いやだ、おしゃべりしてみたい!」

「わああ、声が大きい! なんであたしが小声なのか察しなさいよ!」


 妖精の全力髪の毛引っ張りを食らって、アグニの毛根が軋む。以外と強烈な痛さにじんわり涙がたまった。


「はあ……絶対じゃない。出来るだけ、よ」

「やった。ねこ耳、いぬ鼻、わわわわーい!」

「で・も! 教会の近くじゃ異人種と関わりを持っちゃダメ。これは絶対」

「えー、どうして?」


「邪教徒と親しげに喋っていたら、邪教徒として扱われるからに決まってるじゃない! 頬傷顔面のいかついオジサンと仲良さげに隣の幼馴染みが話していたら、幼馴染みも怖い組織に入っちゃったのかなって考えるのと一緒。さっきも言った通り、聖法貴国は異人種を人と見なしていない節がある。なら、異人種と仲良くする人間がいれば、それは聖法貴国で生活していない他国人だって思われるし、他国人は邪教徒と仲良くする反社会勢力テロリストかもしれない。そもそも、聖法貴国での異人種は奴隷の場合が多いから、奴隷の反乱を防ぐって意味でも、異人種と他国人の接触を快く思わない人が多いのよ……ってことで、あたしのちゅ・う・こ・く! 分かってくれたかしら?」


 妖精は、語りきった感を出してアグニの頭の上に座りながら胸を張って腰に両拳を当てた。長台詞を噛まずに言えたあたしすごい、とか頭のなかで考えちゃってもいる。


 だが、しかし──。


「すまん。話が長くてややこしい。端的に換言して。文系じゃあないんだよ、俺」

「こいつったら、もう!!!」


 顔を真っ赤に染めて、ふんぎゃーっと、妖精は憤慨するのだった。


 ────。

 ──。


「そうだ」

「なによ?」

「呼び名を決めよう」

「……いきなりね」


「あんた! 妖精! じゃあ、味気ないっていうか、折角お互いの名前は知ってるんだし」

「まあそうね。自己紹介は済んでるわけだしね」

「それに、俺にとっては新しい国に行くわけで、心機一転、ここらで仲良くなっておきたいなぁ、って思った」

「ふうん……そう、良いんじゃない? あんた、一様は命の恩人だし。名前を呼ばれるのもやぶさかではないわ」


「やぶさかとか……ま、いいけど。──じゃあ、ええっと」

「あ、あたしはアグニ……って呼ぶ、わ!」

「なんでカミカミ? そのままだし」

「う、うっさい! 男の子の名前呼ぶの、はじめてなの! なに、悪いの!?」


「ううん、悪くない。なら俺は『テンセニー・ポケット』から……」

「フルネームで呼ぶな。なんかむずむずする」

「そうだ! てん子!」

「却下よ、却下! 可愛くないじゃない!」


「そう……? だったら、うーん……テセ、ケッポ……いや、にーぽ……? うん、ニーポ! なんか可愛い! 妖精の可愛さにピッタリじゃないかな、ニーポ!」

「!!! そ、そう。まあ、か、可愛いんじゃないかしら……ニーポ……にへへ。ニーポ……ヌフフフフフ……」

「あれ? 笑ってる? 笑われてる?」

「笑ってないわよ! 喜んでもないからね!」


「ふうん。ま、いいや。──じゃあ改めて、これからよろしく、ニーポ」

「ふん、よろしくしてあげなくもないわ! アグニ、ちゃんとあたしを守りなさいよ!!」


 ──。

 ────。


 さて、ここでひとつの言葉を紹介しよう。

 それは、アグニという人間が生まれる前に教えられ、生まれた後にも四人の両親から伝えられた、彼という存在の大部分を構成する大切な言葉だ。


【無闇矢鱈と命に触れるな。手を出すなら最後まで責任を持て】


 六人の親からの記憶を持ち、四人の親からは直に贈られた、とても当たり前で、だから重量のあるそれ。


 捉え方によっては、責任を負うようなことはせず気楽に生きろという遊び人のような文句になるが、それが身に染みた行動になると、生きることに責任を持つというものになる。


 考えればそうだ。もし人一人が生きようとするなら、その人物が関わるほぼ全ての物事に命がついてくるのだから。違う視点に立てば、自分以外の命と関わらず生きること自体が出来ない。


 ならば、生きるとはなんぞや? 


 その答えをアグニはこう結論している。

 ──命に感謝と礼節を持つことだ、と。


 故にアグニは、妖精のニーポと出会った泉のほとりで交わした約束を果たすことを、旅の最初の目的に据えていた。


 ニーポに曰く、

『あんた、旅をはじめたばかりなのね? そう、ならちょうどいいわ! どうせ目的もなく旅するならあたしの護衛をしなさいよ。隣国の聖法貴国にある特別区、その都市国家に用事があるのよ。もちろん、お礼はするわ。あたし、人の国で使えるようなお金は持ってないけど……そうだ、あんたが知らないこの世界のこと色々教えてあげるわよ! 帝都で本を読んだり、お父さんと格闘特訓したりするだけじゃ分からないこともあるはずだもの! はい、決定。ああ、あたし天才じゃないかしら!?』

 ということらしいが。


 事実、目的もなく(他国見聞って理由はあるけど)一人ぶらぶらと旅をするより、目的があった方が足は進む。それが会話の出来る道ずれともなればいうことはない。少しやかましいタイプで、150ミリの身長をこれでもかと使う表現過多のマシン的妖精であるということも、アグニにはプラスに働いていた。なにせ、旅に出て10分もしないうちに帰りたくなっちゃう寂しんぼアグニ君である。近くでギャーギャー言ってくれていると寂しさが紛れるのだ。


 ──ちょっと強引なところはあるけど、最初にのは俺だからな。オークジャイアントだって生きてただけで俺にぶっ飛ばされたわけだし、命に関わった責任は持たないと。……っても、あの豚さんニーポのことおやつって言ってたからなあ。いや、妖精は食べたらダメだろ。もったいない! 


 こうして、アグニは妖精ニーポの護衛を引き受け、世界の見聞を広げるための一歩を踏み出した。六人の親から受け継いだ大切な教えと一緒に、未知の大地を夢想しながら。

 

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