第4話

 それはとにかく汚かった。


「だずげでぐだざい~!」


 言葉が? 違う。

 静謐なこの空間に相応しくない騒がしさ。森の木々と、冴え渡る泉の鏡面のような水面みなもに似合わない。


 それがいかに身長150ミリメートルほどの小柄(過ぎる)な体躯に、背中の美しく透き通るトンボのような羽を持った妖精のようなキャラクターであっても。頭の上に天使が頂くような光の輪っかが浮いていても。桃色長髪で、その体躯にあった可愛らしい容姿のうえに、幼女然とした肉体的成長具合であっても!!


「旅先一発目に妖精闖入とか、それは狙いすぎだろぉー!!」


 アグニは自分で叫んでおきながらどうしてそんな言葉が出るのか分からなかった。ちなみに、妖精の可愛らしいご尊顔は涙と鼻水と、何処でくっつけたか分からない泥汚れで大変なことになっていたから、事実、物理的にもきちゃなくなっていらっしゃることは間違いない。


 ──って。あれれー、おかしいぞー? 俺は確かにいたはず。なのに目につくのは、下草より上を飛行するちっちゃな妖精的美少女。……ははぁん、これが俺の旅の最初のステップってやつですね? 分かっていますよ。俺が何冊ラノベを読破してきたのか、今その知識を見せて……ん? ラノベってなんだ??


 アグニは次々と頭に浮かぶ経験のない知識にちょっとだけ混乱した。が、そんなこともう慣れっ子のアグニ君は、ジーグ父さんから骨の髄まで叩き込まれた格闘術の準備をする。


 ──帝国騎士団近衛隊長・兼三番師団副師団長・兼総調理場守護調理長……,etc. いろんな肩書きを持ったジーグ父さん。いま、あなたから受け取った愛情の一つを、この拳に乗せます!!!


 装備するのはフィンガーグローブ。拳に埋め込まれたクロム鋼には細かい紋様が掘り込まれ、磨法陣としての光を淡く揺らめかせる。フィンガーグローブという記号から引き出すのは。つまりは、殴り倒す。磨法に必要な想像力で意味の抽出を極大まで引き上げて、アグニは端整な顔面を悪人も裸足で逃げ出す凶悪なものに変える。


「……ああ、たぶん、きっと、どうしても。それは殴り飛ばさなきゃならない相手だ。──あんなに小さくて、か弱そうな妖精を追いかけ回すクズ野郎なんて、ぶん殴っても悪いことじゃあない! さあ、こいよ、悪タレ。妖精が感じた恐怖の100倍、痛い目を見せてやる!!」


 声の元。視線の先。ぐちゃぐちゃな表情でこちらに向かってくる妖精。目測は五メートル。森のなかは木々で遠くまで見渡せないが、足音の大きさから大柄の相手だと推測できる。


 そのとき、妖精と目があった。妖精の顔が焦る。


「なっ! なにやってるのよ、人間! あんたも逃げなさいよ!」


 小さな身体からよくそんな大きな声が飛び出ると感心するアグニ。さっきまで救いを求めていた側なのに、他人を気遣っちゃう良い奴だった。


「んなこと言われたら……余計にやる気がみなぎっちゃうんだけどなぁ……!!」


 アグニはさらに磨法を発動する。そもそも磨法は想像力が大本になっている技術なのだから、多重に重ねることは非常に難しい。100%で怒りながら100%で楽しむような、器用な頭の使い方をしなければならないからだ。けれど、それを難なくやって見せちゃうアグニ君は、腰を低く、拳を力強く引いて、悪人面を凶悪に歪める。


 ──空間ごと殴り付ける。骨、腱、筋肉、内臓、関節、血液に至るまで……全てを保護し、すべての荷重、速度を攻撃力へと転換。瞬きの間、刹那の間に全てを貫く!


 妖精が3メートルまでに近付く。どんどん大きくなる足音。次の瞬間、目に写る樹木をなぎ倒してのっそりと姿を表したのは、身長が五メートル程もある巨人鬼種、その変異種族である角或巨豚オークジャイアントだった。


「オデのおやづ……までぇ……!」


 伸ばす腕がもう、森の木々と変わらない太さだった。顔は豚というより猪に近かった。垂れる涎がやたらと気味悪く、さらにはひどい臭いがした。


 飛んできた妖精はオークジャイアントを見た後も逃げようとしないアグニの顔の前で浮かびながら(その顔の凶悪さに結構引きながら)、両手を広げて見せる。


「ちょっと、聞いてた?! 逃げなさいよ! 美味しくモグモグされちゃうわよ!! 相手はオークジャイアントなの! なんでも食べちゃう怪物なのよ!? ちょー怖いのよ!?!!」


 しかし、アグニは動じない。標的から視線を外さず、睨む眼光を消しもしない。


「デカイだけの豚じゃん? あんなの怖いはずがない。豚も、鬼も、世界の伝説になるようなドラゴンだって、戦火にのさばる人間より……可愛いもんだよ!!!!!」


 ゴゥッ!! と、アグニの周囲に風が渦巻く。

 食いしばる顎。ハンマーコックのように引き絞られる腕。踏み込みは大きく、大地に足跡を深々と残すような力強さで──アグニは。


、こんな状況ゴミカスだあッ!」


撃滅の撃鉄ディストラハンマー


 ドン……ッ! 

 打ち出される撃力。空間が歪み、悲鳴をあげる。距離にして三メートル以上の間が開いているかかわらず、五メートルの巨体を持ったオークジャイアントは空間の歪みを叩きつけられて周囲の木々もろともに吹き飛ぶのだった──。


 閑話休題。


 そして。妖精の顔がバカみたいだった。


「え、うそ、冗談よね? 驚かせないでよ! オークジャイアントなのよ? あれ、目についた生き物ならなんでも食べちゃうオークと、巨人種のなかでも力の強い有角種のダブルなのよ!? どーしてただのひと種……にしか見えないあんたが退治できちゃうの!! あ、まさか、あんた……あたしをどうしようって言うの!? いや、やめて、その手をこっちに伸ばさないで!!? ぎゃあ! 羽に触るな! 脂がつくでしょ?! あたしの綺麗で優雅な見ただけで他者の魂を幸せの頂へと押し上げることの出来る羽! は、あんたが触れて良いものじゃ……ひゃあん、ちょっと……どこをつかんでんのよ、あひ、ちょ、まっ!! くすぐったいのよアヒャヒャヒャ!!」


 まるで百面相。驚いたり、信じられなかったり、疑っていたり、焦っていたり、慌てていたり、自慢げだったり、堪えていたり、笑っていたり。


「もういっそ一人芝居とかやってみたらどう?」

「余計なお世話よ!」


 妖精は、アグニに胴体の部分を鷲掴みされながら憤慨した。両手を振り上げてギャーギャー言っている。もちろん、アグニは小さな妖精の文句を全て無視。どうしてか? 決まっている。妖精を一人(?)にしてまたなにかに食べられそうになっても寝覚めが悪いからだ。


 ──しっかし……。


 アグニは妖精をまじまじ眺めた。だって、変なのだ。RPGというプレイしたこともないのに記憶だけはあるゲーム画面やテレビアニメーションの中に出てくる妖精は、こんなメカメカしくない。


 ──妖精っていうより……装着装甲型パワードスーツをフル装備したフィギュアの方がしっくりくる。背中のトンボみたいな羽だって、よく見れば電子回路だし。──まあ、今考えたの全部、見ず知らずの記憶だけど。


 独特の感性を持ったモデラーが、ロボットフィギュアと美少女フィギュアの接合パーツを独自にアレンジしたらこんなんできました! と言ったら納得できてしまう感じだった。(2007年発表の美少女×ロボ的漫画作品のオマージュパクリと言った方がもっと早い見た目である!)


 ──でも、装甲以外の手触りはぷにぷにで生きてる感がある。すごい、不思議。


 アグニは手の中のマシンフェアリーを弄ぶ。本人にその気がなくても、他から見れば小さな妖精をいじくり回しているようにしか見えないのだから、やっぱり弄んでいる。ちょ、ほんとに待って……漏れちゃうから……っ。色々、恥ずかしいの漏れちゃうからぁ! と、そんなことを言ってる手の中のマシンフェアリーだったがアグニは気にしない。読者サービス的にもっとやらなければと心の深いところが反応していることも否めないが、アグニは興味本意で妖精をいじくり回し、いじくり回して、いじくり回せば、いじくり回し続けた。少年心が満足する頃にはマシンフェアリーは死んだ魚の目で「……もう、お嫁に行けない」と呟いているが、アグニの耳には届かない。だって、これこそが物語的に正義なのだから……っ!


 さて、そんなこんなで旅に出たばかりのアグニと、オークジャイアントに補食されかかっていた妖精は出会いを果たし、なんやかんやで一緒に旅することになった。何がどうなって旅をするようになったかは追々明かすことになるけれど、もし今すぐ知りたいというなら5000文字程度の文量で事細かにお伝えするのもやぶさかじゃないが、どうしようか……いやほら、やっぱりそんな説明必要ないだろう? まて、違う、断じて面倒くさいとかじゃあない! 考えてもみようじゃないか、あなたの世界がどんな世界であっても、ゲームの様に『生き方の取扱い説明書』なんて存在しないはずだ。であれば、煩わしい説明書なんて必要なときにチラ見する程度で良い。そういう理由だ(もしあなたがに住んで居たのなら謝罪しよう。ごめんなさい)。


 だから断じて、この後のアグニと妖精のすったもんだを表現することがちょー面倒……とか言う理由じゃあないのである!

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