第29話再起

 不思議だった、無意識に身体が動いている。

 死にたくないという思いではなく、エルザ様と子供を殺してくないという想いが、俺を動かしているのが分かる。

 分かっているからこそ、そこからは何も考えず、心を無にした。

 余計な事を考えれば、この境地を失ってしまうのが分かるからだ。

 ただ無我の境地で、無我夢中に生き残る事だけで反射する。


 エルザ様の八連撃を避けた所で、エルザ様の息が上がった。

 とても余裕の状態とは言えないが、それでも俺はまだわずかに動けた。

 そのわずかに動ける余地を生かして、エルザ様に当て身を加えようとした。

 だがここで、無我の境地が討ち破られてしまった。

 このまま流れに任せて当て身を使ったら、腹の子が流れてしまうと、一瞬で悟ることができたのだ。


 それに、俺のは自分が生まれ変わっている事を自覚していた。

 ここで無我の境地を解いても、性欲に囚われた状態には戻らない。

 以前のような堅物には戻れないが、それなりに戦える人間にはなれる。

 その事を自覚しているからこそ、詫びなかればいけない。

 エリザ様は当然として、父母兄弟にも、フォレストをはじめとした譜代衆にも、頭を下げて詫びなければいけない。


「申し訳ありませんでした!

 全て俺の弱さの所為ですが、エルザ様のお陰で目が覚めました。

 元通りの人間に戻る事は無理ですが、心を入れ替えることができました。

 命懸けの諫言、心からお礼申し上げます」


「この、馬鹿者が!

 恥を知れ、恥を!」


 激烈な言葉と共に、エルザ様から鉄拳制裁を受けました。

 そのあまりの強烈な一撃に、眼から火がでましたが、仕方ありません。

 全て俺の不始末、自業自得なのですから。


「はい、申し訳ありませんでした、エルザ様」


 思いっきり殴られて口の中が切れたのでしょう、血が溢れます。

 歯は折れていないようですが、その分口内の裂傷が広く深いようです。

 血の香りが口から鼻に抜けていきます。


「父上、母上、お爺様、大爺様、フォレスト、心配かけてすみませんでした。

 ですが、ようやく色欲の呪縛から解放されました。

 以前と全く同じには戻れませんが、もう死を恐れる事だけはありません。

 どうかご安心ください」


「バルド、バルド、バルド、心配しましたよ、よくぞ元に戻ってくれました。

 エルザ様、ありがとうございます、ありがとうございます」


 母上が喜びに我を忘れて、私に抱きついてくださいました。

 ですが流石母上です、直ぐに正気を取り戻し、エルザ様に御礼を言ってくれます。

 ああ、私の所為で、母上がエルザ様に叩頭しています。

 私の所為で、アルベルト家の誇りを地に落としてしまいました。

 ああ、父上、お爺様、大爺様、フォレストまでがエルザ様に叩頭しています。

 全部俺の責任です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る