第27話幕間9

「バルド殿、このままでは貴男は腑抜けになってしまう。

 私は腑抜けの子供を産む気はない。

 だからここで性根を叩き直してくれる、覚悟せい!」


 エルザがバルド様を激しく面罵する。

 反論したいが、今のバルド様では、とても反論できない。

 俺としても、こんなことになるとは、想像もしていなかった。

 多少色に狂う事はあっても、腑抜けになるなんて想像もしていなかった。

 戦国の世に、そのような例がある事は知っていたが、まさかバルド様のような方が、色に狂った上に憶病心を生じるなんて、誰が想像するだろうか。


 俺もテオドシウス王家の方々も、どうすればいいのか手をこまねいてしまった。

 期待の若君だけに、荒療治をする事を恐れたのだ。

 バルド様を壊してしまうかもしれないと思うと、厳しくすることができなかった。

 それを、エルザが先にやってしまった。

 自分たちの弱さに内心忸怩たる想いがある。


「うゎぁああああ、許して、許してください」


 こんな情けないバルド様など見たくない。

 あれほど真面目に頑張られ、一つ一つを努力で達成されておられたバルド様が、恐怖に顔を歪められ、本来の力を発揮する事もできず、なすがままに剣で身体中を斬られ、嬲られておられる。

 エルザは紙一重の見切りで、浅く皮膚だけ傷つけているのだが、身体の傷は浅くても、嬲り者にされる心の傷は大きく深い


 理由は分かっているし、理解もしている、がなんともやりきれない。

 エルザはバルド様を奮起させようとしているのだ。

 自分の弟分から始まり、肩を並べ背中を任せた戦友となり、夫となり子供の父となるバルド様に屈辱と死の恐怖を与える事で、以前の心を取り戻させようとしている。

 本来ならば俺がやらねばならない事だったのに、それをエルザに任せてしまった。


 その事が、俺の自尊心だけでなく、アルベルト家の誇りも砕いてしまった。

 いや、テオドシウス王家の誇りと名声まで地に落としてしまったのだ。

 俺と一緒にバルド様とエルザの鍛錬を見ておられる、アンディ様も、ヴィルヘル様も、クリス様も、血の涙を流さんばかりの表情だ。

 嫡男を色の溺れさせただけでなく、立ち直らせることを他人任せにした。

 それがどれほど卑怯な事なのか、直接面罵されなくても、心に突き刺さる。


「ええい、掛かって来い、反撃してこい。

 このまま腑抜けのままでは、生まれてくる子が可哀想すぎる。

 ここでお前を殺して私も自害する、腹の子を一緒にあの世に行ってやろう。

 家名に傷をつけるくらいならその方がいい、死ね!」

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