第23話強制婚約
「どうかな、バルド殿、悪い話ではないと思うのだがな」
「え、いや、その、まあ、その通りではあるのですが、あまりに身分違いでは?」
俺は急にイェシュケ宮中伯閣下に呼び出され、今この場にいる。
何事かと思って急ぎ駆けつけたが、俺が最悪の状況を想定していた、更に斜め上の予想外の言葉に、頭が大混乱を起こしている。
それほどイェシュケ宮中伯閣下の提案は非常識と言うか、想像の埒外だった。
そう、イェシュケ宮中伯閣下は宮中子の爵位から宮中伯に陞爵された。
今回の功績と今上陛下の信頼、更には本家を含めた権力から言えば、当然だった。
今までは人事省の次官であられたが、今は今上陛下肝入りの皇国最重要案件、ダンジョン探査開拓からの歳入増加のために新設された、ダンジョン省大臣に就任され、更に全大臣の次席なられた。
財務省の大臣で大臣筆頭でもあるシュレースヴィヒ伯爵と手を携え、今上陛下を輔弼されているから、権力も揺るがないだろう。
それに、本家のイェシュケ辺境伯家当主、ニールス卿が皇国の大将軍に抜擢されたから、両閣下が財政と軍部を完全掌握されたことになり、権力は揺るがないと思う。
問題があるとすれば、両閣下の仲間割れだが……
「ふっふっふっふっ、何を言っている、卿は既に宮中男ではないか。
高級文武官登用試験の両方に首席で合格しているから、将来は宮中伯か大将軍の地位が約束されているのだ。
余の娘と結婚しても、身分違いとなる事はない」
「え、いや、しかし、今度のダンジョン探索で死ぬ事もあり得ますから」
そうだ、そうなのだ、ダンジョン探索は命懸けのとても難しい役目なのだ。
結婚式を挙げて直ぐに夫が死亡してしまうなんて、不幸過ぎると思うのだ。
俺も貴族になったのだから、政略結婚というものが必要だとしても、今は婚約という形を取っておくこともできると思うのだ。
「おうよ、だからこその結婚ではないか。
せっかく貴族になったのに、家を潰してどうするのだ。
跡継ぎとなる実子がいれば、余とシュレースヴィヒ伯爵の力で、上級士族家として家を残すことができるが、流石に弟や父親ではごり押しもできんからな」
そういう理由なら、俺にもイェシュケ宮中伯閣下の真意が分かる。
俺と、たぶんロッテ姫と結婚させるつもりなのだろうが、二人の間に男子が誕生すれば、今上陛下肝入りの政策のために奮戦して忠義の死を遂げたとして、準男爵家か士爵家としてアルベルト家を残す心算なのだろう。
そしてアルベルト準男爵家の当主は、イェシュケ宮中伯閣下の外孫になる。
俺がダンジョン探索で死ななければ、順調に出世して大臣職のアルベルト宮中伯家となり、その次期当主がイェシュケ宮中伯閣下の外孫になる。
俺がダンジョンで死んでしまった場合は、幼いほど若く未亡人になるロッテ姫は不幸だが、貴族の常識として愛人と仲良くやる事は黙認されるから、イェシュケ宮中伯閣下から見れば不幸ではないのだろう。
変な名家や大家に嫁がせて、姑や小姑にいびられるよりは、将来性はあるが遥かに身分の低い家に嫁がせる方が、家の権力を掌握できると考えておられるのだろう。
それでも俺の母や妹がいれば、身分に関係なく奥で揉め事が起こる可能性があるが、俺には妹はいないし、いたとしても実家に残る。
俺だけが立身出世していれば、両親や子弟、一族一門が俺に寄りかかってくるだろうが、今回の文武官登用試験不正事件の影響で、今まで試験に合格していたのに役職を得られなかった、下級士族や卒族が多数登用されることになった。
父上も御爺様も、俺とは別に騎士として登用され、アルベルト家は俺の宮中男家、父上の騎士家、御爺様の騎士家、大爺様の皇都警備隊足軽家になっている。
大爺様と大叔父様と叔父上は、隠居されたりアルベルト家からでて平民になられているので、上級文武官登用試験に合格されていて、も直ぐ登用とはいかなかった。
年齢的な事もあるので、次の登用試験に再挑戦され、現在の能力を確かめた上で、改めて登用されるかどうかが決まる。
御三人とも絶対に合格されるとは思うのだが、問題は皇都警備隊の役目を捨てるかどうかで、経済的に捨てるのが少々惜しい。
普通の武官役職についていると、軍役に比べてもらえる給料が少な過ぎるのだ。
だから盲人金にみたいな高利の金貸しに頼り事になる。
役職手当以外の役得や礼金の多い、皇都警備隊足軽の役目は残しておきたい。
まあ、その辺は俺なんかより父上や御爺様の方がよく知っておられる。
いや、大爺様が、最大の利を得られるように、色々と考えてくださるだろう。
俺も将来のために色々と考えておけと言われていたが、俺に考え付くのは皇都警備隊の騎士職を得る事くらいだ。
皇都警備隊でも、各街の治安維持を担当する各街担当騎士や、その各街担当騎士を不正を見張るとともに、街を縦断するような悪事を摘発する見廻担当騎士になれば、足軽などとは比較にならない莫大な袖の下がもらえる。
不浄騎士と蔑まれ、今上陛下との謁見権はないが、金儲けだけを考えれば、これほど美味しい役目はないのだ。
だが、俺からみれば、そのような利はささいな問題だ。
一番大きなことは、皇都の民の生活を守ることができるという事だ。
今までは、総長や隊長たちの加担する不正や悪事は摘発できず、悪人に踏み躙られ苦しむ人たちを、正面から助けることができなかった。
父上や御爺様にできたのは、裏から動いて権力者同士の争いにして牽制するか、被害者を密かに皇都から逃がしてあげる事くらいだった。
フォレストたちが、密かに悪事の証拠を集めて瓦版で広めても、最終的にはうやむやにされてしまい、まともに悪人が処罰される事はなかった。
だが今なら、総長だけでなく、全隊長やほとんどの騎士長が処罰された今なら、皇都警備隊を徹底的に作り直す事も可能だ。
騎士の半数は処罰を免れているが、それでも探せば摘発できる不正は多い。
だがその不正の中には、長年慣習として認められてきたモノが多い。
皇都を護るために必要な経費は、その慣習利益から捻出されてもいる。
その慣習利益を皇都を護るために使うのか、己の私利私欲に使うのか、それは各騎士の心根次第となっている。
父上や御爺様ならば、慣習利益を皇都を護るために使われるのは分かっているから、下手に摘発して処罰の前例を作るわけにはいかない。
処罰するとしたら、慣習利益は皇都の治安維持のために使うべく建国皇帝陛下が認められたものなのに、それを不正に蓄財したという罪だろうか。
だがそれも線引きが難しく、凶悪犯罪の捜査に備えて備蓄しておかなければいけない金もあれば、凶作時に炊き出しをするための資金にされた、人道主義の騎士もごく少数だが過去にはおられたのだ。
まあ、それもこれも、その時代の皇帝陛下や大臣が民を顧みない悪政をしていたからだが、その辺は言ってもしかたがない事だ。
もう過去の事だし、今ではどうしようもない事だ。
「おい、こら、バルド、現実逃避するんじゃない、しっかりと余の話を聞け」
「は、申し訳ありません、つい、その、まだ結婚の事など全く考えていなかったので、思わず惚けてしまいました」
「まあ、唐突な話しだったから、今回だけは無礼を許してやる。
だがもう決めたからな、ロッテはバルドの正室として嫁ぐ。
だが、残念な事だが、ロッテが必ず妊娠するとは限らない。
側室や愛人については、シュレースヴィヒ伯爵に権利がある。
これからシュレースヴィヒ伯爵の屋敷に行って、側室と愛人に事を聞いて来い」
イェシュケ宮中伯閣下はいったい何を言っておられるのだ?
ロッテ姫を俺の正室として嫁がせると言った舌の根も乾かないうちに、今度は俺の側室と愛人の話だと、俺は種馬か何かか?!
家と血統を残すのが、貴族が一番大切にしなければいけない事だとは、父上からも御爺様からも耳にタコができるほど聞かされた。
だが、それでも、今までは、ここまでの実感はなかった。
だが、宮中男の地位を頂いた途端、この現実である、ようやく骨身に染みて貴族士族と言うモノが理解できた!
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