第21話ダンジョン開放政策

「皇帝陛下、八代様の政策を復活させたいと思います」


「うむ、許可しよう」


 またである、小心者に緊張する任務を与えないで欲しいが、どうにもならない。

 皇太子の学友近習なので、常に皇太子と同じ場所にいなければいけないのだが、その為に今上陛下との政策会議にも同席しなければいけなくなった。

 俺のような若造が、こんな重大な場所に同席してもいいのかと心配になる。

 まあ、両閣下から信用されているからだけど、どうにも身の置き場に困る。


 信用されているからこそ、初日には許されなかった、帯剣が許されるようになったが、それは護衛を兼ねているからだ。

 帯剣できたことで、いいようのない不安が解消された。

 今迄は気がつかなかったが、頼りになる武器をにつけられないという事が、とても不安な事だった。


 あれ以来、フォレストに忍者の技、特に身体だけで戦う武闘術を学んでいた。

 まあ、それほど日数が経っていないので、とても身についたとは言えないが、これからは徒手空拳となっても戦えるようになりたいと、心から思っている。

 だからこそ、皇城内、特に宮殿内でも戦闘力のある武器を身につけられるようになった事は、小心者の俺には大きな利点だ。


「では、早速騎士団徒士団を選抜して、ダンジョンに送ります」


 色々と思っている間に、政策が決定されている。

 両閣下が主導され、今上陛下が承認され、皇太子が勉強し、他の出席者が唯々諾々に従うような状況だ。

 聞いた話では、両閣下以外の大臣次官は全員処刑されたか追放になったそうだ。

 武官の最高峰となる上級将軍や騎士団長も、全員処刑か追放になっているので、出席しているのは僅かな上級士族と下級士族だけだ。


 名目だけの、能力がないどころか害悪でしかなかった、不正と汚職塗れの功臣名門譜代貴族士族がいなくなり、本当に実力のある者しか出席していない最高会議で、静かなどよめきが巻き起こった。

 静かなどよめきというのは、あまりにも不正確な表現だが、そうとしか表現できない、今上陛下の前なので誰も何も口にしないが、驚愕の表情を浮かべて息を飲む状態だったのだ。


 そして俺自身も、内心凄く驚いていた。

 ダンジョンを封鎖して使用させないというのは、建国皇帝の定めた法だ。

 皇国の財政が破綻していた時に皇位を継がれた、建国皇帝の生まれ変わりとまで称された八代陛下が一時的に解放されたが、今では再び封鎖されている。

 それを再開させるというのだから、驚いてしまう。


 いや、それだけではなく、アルベルト家が仕えていた戦国の雄、テオドシウス王家がダンジョン活用して兵糧と軍資金を確保していた事も大きい。

 自分の先祖が、テオドシウス王家と共にダンジョンを制覇し、その力を活用して皇室と互角に戦ったと聞いて育てば、ダンジョンに特別な思い入れがあっても当然だと思うのだ。


 もしかしたら、ダンジョンの活用は、八代陛下の遺命なのかもしれない。

 三代宮中大公家を解体するのも、八代陛下の遺命であったが、当の三代宮中大公家の妨害にあっていた。

 両閣下は八代陛下の遺命を護ろうと努力されていたから、ダンジョンの開放活用も八代陛下の遺命なのかもしれない。


「皇太子殿下、殿下も信頼できる直臣をダンジョンに派遣してください。

 ダンジョンで戦いを重ねれば、身体が強化されます。

 陛下の直臣と殿下の直臣との間に大きな実力差があってはいけませんから」


「そうか、そんなとこまで配慮してくれていたのだな、余は随分と誤解していたようだな、すまなかったマクシミリアン」


 皇太子だから仕方がないのだが、まだ未熟な子供が、シュレースヴィヒ伯爵閣下にえらそうな口を利くのが腹立たしい。

 能力のない者が偉そうにする事に苛立ちを感じてしまう。

 やはり俺にお城勤めはむかないようだから、早々に地方に派遣してくださるように、両閣下に御願いした方がいいな。


「いえ、いえ、気になさることではございません。

 よく話をさせていただく機会さえあれば、御聡明な殿下には必ず分かっていただけるとおもっていましたから」


 シュレースヴィヒ伯爵閣下は辛抱強い方だな。

 これくらいの辛抱ができる者でなければ、お城勤めで出世はできないのだろう。

 俺には絶対に無理だから、何としても役目替えしていただく。


「おお、そうか、そうか。

 では教えてもらいたいのだが、余は誰を信用すればいいのだ。

 今まで信用していた者には騙されていたから、誰を信用すればいいのか、全く分からんのだ」


「父親であられる皇帝陛下と、我ら二人は信用してくださって大丈夫です。

 後はバルドでしょうか、あの者は命懸けで殿下に諫言できる男ですから」


 皆の視線が一斉に俺に向けられる。

 ダンジョンに入れるかもしれないのはうれしいが、注目されるのは嫌だ。

 それに、俺は皇太子に忠誠心があるから戦ったわけではない。

 恩ある両閣下のために戦っただけだが、この機会を逃したくないのも確かだ。

 ダンジョンで魔獣を斃したら、身体が強化されると聞いている。


 そういえば、八代陛下の時にダンジョンに入っていた者はどうなったのだ。

 身体強化された彼らがいれば、恐れる者などなかったはずだ。

 全ての身体強化された者が、八代陛下に忠誠を誓っていれば、誰が反対しようとも遺命が護られたはずなのだ。

 それとも、身体強化された家臣同士が戦って殺し合ったのだろうか?


 長男である九代陛下と、次男のリウドルフィング宮中大公家が特に激しく皇位を争ったと聞いているが、身体強化された家臣たちも、八代陛下には忠誠を誓っていても、次期皇帝に誰を望むかで、意見が違っていたのかもしれない。

 その暗闘が、俺たちの知らないとことであったのかもしれない。

 そう考えると、ダンジョンに入るのも新たな争いの元になる。


 だが、それでも、ダンジョンに入りたいという気持ちは変わらない。

 先祖と同じようにダンジョンに入って強くなり、己の正義を貫ける強さを得たい。

 その誘惑には抗いがたいものがあるが、エルザ様には申し訳ない気がする。

 それほどお世話になっているのに、強さを求めるエルザ様に、ダンジョンに入る機会を分けて差し上げることができない。


 でも、まあ、エルザ様が強く願えば、シュレースヴィヒ伯爵閣下が何とかされるかもしれない。

 考えるだけで、胸に掻きむしられるような痛みを感じるが、エルザ様はシュレースヴィヒ伯爵閣下の愛妾かもしれないのだ。

 愛妾の強い願いなら、シュレースヴィヒ伯爵閣下も何とかされるだろう。

 俺が余計な事をして無駄になるよりも、傍観している方がいいかもしれない。


「うむ、そうだな、バルドならば安心して任せられるな。

 ではバルドを選ぶとして、他の者も必要なのではないか?」


 長く考えていたようだが、実際には一瞬だったようだ。

 皇太子がシュレースヴィヒ伯爵閣下に答えているが、自分で考えろと思ってしまうが、それが閣下の思惑ならば、何も言わずに黙っていた方がいい


「殿下に信用できる者がおられるのなら、その者たちを加えられませ。

 信用できる者がおられないのなら、バルドに任されませ。

 いずれバルドは殿下の大臣となるか、上級将軍か騎士団長になります。

 大臣として官僚団を率いるにしても、上級将軍や騎士団長として騎士たちを率いるにしても、多くの配下を指揮することになります。

 その者たちが全員身体強化されていたら、殿下は安心して皇国を率いることができるでしょう」


 シュレースヴィヒ伯爵閣下の言う事がとても怖い。

 とてつもなく重大な責任を背負わされてしまった気がする。

 何もないのに、両肩にずしりと重い荷物を担がされた気分になってしまった。

 本気でこの場から逃げ出したいと思う。


「そうだな、文武官登用試験で不正があったのだから、刷新された文武官登用試験で採用された者で、新たな官僚団や騎士団を作らねばならんのだったな。

 だが騎士団の大半が放逐されたのではないかのか?

 その騎士団から人を集めるのは難しいのではないか?

 それともダンジョンの挑戦は、新たな武官登用試験の後にするのか?」


 皇太子がシュレースヴィヒ伯爵閣下を質問攻めにする。

 だが確かにその点は俺も気になるので、思わず返事に聞き入ってしまった。


「確かに騎士団の正騎士には、不正に手を染めた者が多くいましたから、ほとんどの騎士が放逐状態になっております。

 ですが、正騎士を支援するための徒士たちは、ちゃんと鍛錬していおりました。

 それに皇国には騎士団以外にも徒士団がございます。

 幸か不幸か、待遇の悪い徒士団では、ほとんど不正がなかったのです。

 上級武官登用試験で不正をせずに合格した者、初級下級中級武官登用試験に合格している者の中から、バルドが配下にしたい者を選ばせましょう」


 シュレースヴィヒ伯爵閣下のその話を聞いて、閣下の願いが分かった。

 閣下は俺にエルザ様を選ぶように言っているのだ。

 エルザ様も実力で上級武官登用試験に合格されているから、今の条件なら陪臣であっても俺が選ぶことができる。


 もしシュレースヴィヒ伯爵閣下自身がエルザ様を選んでいたら、折角関係が改善した皇太子に、自分の家臣を無理矢理押し込んだという、余計な疑念を抱かせてしまう可能性がある。

 だが俺なら、エルザ様は武芸の師匠なので、選んでも当然という事になる。

 しかも、数多くの仇討に二人で助太刀しているから、背中を任せ肩を並べて戦える戦友だと認識してもらえる。


 たぶん、恐らく、いや、ほぼ間違いなく、シュレースヴィヒ伯爵閣下は、俺がエルザ様をメンバーに選ぶことを確信している。

 だからこそ、この条件を皇太子に提案したのだ。

 それに、まあ、なんだ、俺が選ばざる得ない事も理解している。

 もし、この条件で、俺がエルザ様を選ばなかったら、俺はエルザ様にとても厳しく責められるだろう。


 責められるだけなら耐えられるが、嫌われるのだけは絶対に嫌だ。

 危険だからといって選ばなかったら、私の方が強いと言われてお終いだ。

 好きな人を危険な所に行かせたくないと言っても、私より弱いくせに何を言っていると言われるだけだ。

 それに、そもそもシュレースヴィヒ伯爵閣下の愛妾かもしれないエルザ様に、好きだと言えるはずもない。


 なによりも、正直な話、わくわくする想いもある。

 仇討ちの助太刀で、エルザ様と肩を並べて戦うのは、胸が躍る思いがあるのだ。

 命を預けて背中を任せる戦いは、ぞくぞくするほどの心地よさもある。

 高名で高価な武具をプレゼントするよりも、ダンジョン探索のメンバに選ぶ方が喜んでくださると分かっている。

 今日この後すぐにお伝えしに行こう。

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