第14話仇討ち本懐

「これより、ここで仇討ちを行う。

 仇を討つは、ヘルマン・フォン・バルク騎士の長男アンドレアス殿。

 長女のゾフィー殿。

 夫人のアグネス殿。

 助太刀として、エルザ・リッター・クライン騎士

 バルド・フォン・アルベルト、ああ、騎士候補。

 仇を討ち相手は、卑怯にも男色を使ってゾルムス伯爵アンハルト卿に取り入り、栄えある剣術指南役を地位を盗もうとして、無様にも午前試合で負けたくせに、恨み妬みで徒党を組んで、清廉潔白なヘルマン・フォン・バルク騎士を襲った、ディートリヒ・グリュニンゲン、……」


 司会者と言うべきか、それとも立会人の一人と言うべきか、集まった大観衆を前に、滔々と話している。

 今はディートリヒ・グリュニンゲンに協力してヘルマン・フォン・バルク騎士を襲った連中の事を話している。


 ディートリヒ・グリュニンゲンは、フォンどころかリッターもつけられなかったから、平民扱いになっているのだろう。

 まあ、それはいいのだが、俺を騎士候補というのは、どうにかならんのかなぁ。

 実家の家格は卒族の足軽でしかないのだがなぁ。

 いくら上級武官登用試験に合格したからとはいえ、本当に役目がもらえるとは限らないのだ。


 しかし、司会者の気持ちも分かる。

 俺はこれから高級武官登用試験を受験するから、もしそれに合格して役職をいただけたら、いきなり宮中貴族扱いになる。

 司会者としても、対応に困る相手だろう。

 もし、万が一、俺が今上陛下に気に入られでもしたら、それなりの権力を手に入れる事になるから、恨まれる可能性のある事は極力避けたいのだろう。


「プレッツカウ辺境伯クリスティアン卿は、兄の男色相手で、闇討ちを行った卑怯者を匿っていた。

 闇討ちに加わった者の中には、プレッツカウ辺境伯の家臣さえいたのだ。

 しかも先日の上級武官登用試験の不正には、プレッツカウ辺境伯の重臣の子弟が幾人も参加していたて……」


 司会者の演説が全然終わらず、何時まで経っても仇討ちが始まらない。

 まあ、この機会に、先日の不正に加わった者を叩こうと言う腹だろう。

 特に戦闘力のある、領地持ちのプレッツカウ辺境伯が逆らい難いように、徹底的に悪評が流れるようにしているのだろう。


 プレッツカウ辺境伯クリスティアン卿、可哀想と言えば可哀想な人なのだ。

 まだ俺とそんなに年が変わらないと思う。

 年の離れた兄、アンハルトの頼みを断れなかったのだろう。

 いくら妾腹とはいえ、年の離れた兄が養子に出されてたのだ。

 正妻の子供とはいえ、年下の弟である自分が辺境伯家を継いだ事に、少し負い目があったのかもしれない。。


 一番悪いのは、男色相手に操られ、家政を誤まったゾルムス伯爵アンハルトだ。

 男同士で愛し合う事は、俺には理解できない事だし、神殿も厳しく禁止している。

 だが愛には色んな形があると思うから、隠れて愛をはぐくむのなら、それは見逃してやっても構わないと思う。


 しかし、情欲のために正義を踏み躙ってはいけない。

 貴族家の家政を私利私欲で行う事は、絶対に許されない。

 それは男女の愛も同じで、愛は個人の事であって、公の事ではないのだ。

 公私を分けられない者は、権力を持ってはいけないのだ。


「いつまでしょうもない話をしてやがる!」

「いい加減仇討ちを始めろ!」

「そうだ、そうだ、卑怯者が殺されるところを見せろ!」

「さっさと始めろ!」


 闘技場に集まっている者達が、待ちきれなくなったようだ。

 まあ、それはそうだろう、皆司会者の演説を聞きに来たわけではない。

 多くの人が、卑怯者が殺され、仇討ち本懐が成し遂げられるところをみたいのだ。

 中には、返り討ちに合うところが見たいという者もいるだろう。

 その可能性も決して低くはない。

 この仇討ちの勝敗に大金を賭けている者は、特にそうだろう。


 なんで両閣下はこんな人数割りにしたのか、俺は疑問に思う。

 両閣下は、俺を殺したいのだろうか?

 それとも、シュレースヴィヒ伯爵がエルザ様を殺そうとされているのだろうか?

 仇討ちをする方が、わずか五人しかいないのに、敵の方は二百人を超えている。

 これで本当に俺達に仇討させる気があるのだろうか?


 まあ、武装に身分差をつけているから、多少は差が埋まって入る。

 こちらは騎士の身分だから、聖騎士用の板金完全鎧を装備している。

 対するディートリヒ達は、犯罪者として全ての身分を剥奪され、犯罪奴隷として防具を身に付ける事が許されず、剣だけを帯びている。

 だが、それでも、二百対五の多勢に無勢なのは変わらない。

 どれほど防御力のある鎧でも、何度も剣を叩きつけられたな、中の者は死ぬ。


「はじめ!」


 俺が考え事をしている間に、観衆の罵声に耐えられなくなった司会者が、仇討ちの開始を宣言した。

 俺はフォレストから渡されていた、狂戦士化の秘薬を噛み潰して飲み込んだ。

 一気に全身に力が沸き起こり、矢のような勢いで敵の中に踊り込んだ。

 だが、秘薬を噛み潰して食べる時間の分、エルザ様に遅れてしまった。


 エルザ様と俺が考えた作戦は、開始早々敵の中に突っ込み、敵にバルク家の人達を襲わせなくするというものだった。

この人数差では、待ち受けて戦ってしまうと、包囲され嬲り殺しにされてしまう。

 それよりは、討って出て敵を攪乱した方が、少しでも勝機があると考えたのだ。

 そしてその考えは図に当たった。


 主敵であるディートリヒは、剣術指南役を目指すくらいだから、かなり腕が立つと思うのだが、エルザ様の前では塵芥のごとき存在だった。

 バルク家の人達に殺してもらわないといけないので、右肩を騎士の槍で砕かれて、今では闘技場の地を舐めている。

 まあ、エルザ様の槍は常識外れに重く長いハルバートなので、殺さないように力加減する方が難しいと思う。


 俺はまだ身体ができていないので、普通の槍だ。

 普段から重く感じることなく操れる槍だが、秘薬のお陰で無尽蔵に力が湧き出てくるので、縦横無尽に振り回すことができる。

 それに、何より大きいのが、殺人の忌避感がなくなる事だ。

 そのお陰で、情け容赦なく殺すことができる。


 的確に、確実に、最短の時間で、敵の喉を裂き心臓を貫く。

 エルザ様のように、派手に首を刎ね飛ばして血の噴水を巻き散らかしたり、人体を縦に引き裂いたり、胴を両断したりはとてもできない。


 そんな派手な事をする前に、もっと大事なことがある。

 エルザ様と俺を避けて、バルク家の人達を殺そうとする者を防がないといけない。

 この仇討ちはバルク家の仇討ちで、俺達が名前を売るための試合ではないのだ。

 肝心な話、バルク家の人達が皆殺しにされてしまったら、返り討ちが成立してしまって、生き残った敵達は無罪放免になってしまうのだ。


 だから俺は、秘薬の効果を最大限活用して、闘技場を縦横無尽に駆け巡り、バルク家の人達を狙う敵を優先的に殺した。

 だが、それでも、相手が二百人もいると、たった二人では、助けに入るのがギリギリになってしまう事もあるのだ。


「えい!」


 ゾフィー殿が母親と弟を庇って前に出ようとする。

 横に避けてくれたら、俺の助けが間に合うのだが、自分の仇討なのに、全く戦う事なく、エルザ様と俺に任せきりなのが嫌だったのだろう。

 だが、ここでは見栄を張って欲しくなかった。

 父親の仇を討つことに重点を置き、逃げるべきところでは逃げて欲しかった。


 とっさに、狂戦士化した脚力でも助けが間に合わないと判断し、手裏剣を使った。

 騎士が手裏剣を使うのは、卑怯と言う者が多い。

 このような大観衆の前で、騎士になりたい俺が手裏剣を使う事は、後々役職を頂くときに不利になるだろう。

 だが、自分の不利など考えている場合ではない。

 バルク家の人達の仇討を成功させる、その為の助太刀なのだから!


「父上の敵、ディートリヒ!

 いざ、尋常に勝負」


「ひいぃいいい、助けてくれ、許してくれ、俺はもう戦えないんだ」


「卑怯者!

 父上が戦えないように網を投げかけて嬲り殺しにしておいて、自分が戦えない事を盾に取るのか?!

 誰がそのような戯言を聞くものか!」


 最後のメインイベントといったら不謹慎だが、このために今回の仇討がある。

 バルク家の誰かがディートリヒを討ち取らないと、バルク家が再び騎士家になる事はできないのだ。


 厳しいようだが、これが武門に生まれた者の定めだ。

 それが嫌なら、騎士の地位を捨てるしかない。

 バルク家の人達には、騎士家復活を諦めて、平民として静かに暮らす選択もある。

 その道を選ばず、騎士の地位を取り戻したいのなら、殺し殺されるのが定めの騎士道に従って生きるしかない。


 実際の戦いは、簡単に終わった。

 殺す覚悟があって、武器を振るうことができるのなら、利き肩を砕かれたディートリヒに勝ち目などない。

 この日の為に、ゾフィーは必至で鍛錬してきたのだろう。

 一撃でディートリヒの心臓を貫いた。


「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


 闘技場に集まった観客がどよめいている。

 両閣下の指示通り、仇討ちの戦う前と後に、兜をとって顔を見せているから、ゾフィー殿の可憐な容姿に観客が喜んでいる。

 いあ、まあ、実際の戦う場所から観客席は離れているから、細かな顔の美醜などは分からないのだが、長い髪から女性なのは分かる。


 観客たちは、勝手にゾフィー殿を可憐な美少女だと想像しているのだ。

 まあ、実際に美少女なので、間違いではないのだが。

 その可憐な美少女が、見事に敵討ちを成功した事に喜んでいるのだ。

 母親のアグネス殿も兜をとって長い髪を露にしている。

 観客たちはアグネス殿の事を薄幸の美女だと想像しているだろう。

 夫を闇討ちされ、敵を求めて五年も探し回ったのだから、そう想像するのも当然なのだが、それを誘導する両閣下が恐ろしい。


 エルザ様が兜をとって片手を振っておられる。

 エルザ様の事は、敵討ちの時に紹介されているので、上級武官登用試験不正事件を摘発された、シュレースヴィヒ伯爵家の騎士だと分かっている。

 平民の評価が低いシュレースヴィヒ伯爵だったが、不正事件摘発で正当な評価がされるようになっていたところに、この仇討ちを支援したのだ。

 しかも助太刀に送ったのが美人騎士だから、評価が鰻登りだな。


「バルド、お前も兜をとって手を振るのだ。

 瓦版で評判のお前が手を振れば、観客が喜ぶ」


 解毒剤を自分で突き刺し、元の状態に戻っているから、このような場は恥ずかしいので、できる事なら黙って出ていきたい。

 だが、両閣下の目論見も分かるので、逃げ出すわけにはいかない。

 俺が正当に評価されて役職に就くことで、文武官登用試験の不正が無くなった事をアピールし、自分の評価を上げ、権力基盤を固めたいのだろう。


 それは俺にも利のある事だから、黙って絵図通りに踊る覚悟をしたのだ。

 今さら恥ずかしいからといって逃げるわけにはいかない。

 ここで俺たちが評価されることで、バルク家の行く末も大きく変わる。

 当主だったゾルムス伯爵アンハルト卿は、幽閉されるか殺されるだろう。

 ゾルムス伯爵家は、誰か親戚の者が後継者に立つ。


 その当主によって、バルク家は騎士家に返り咲くのだが、わずか十歳のアンドレアスでは剣術指南役を継ぐわけにはいかない。

 そもそも、弱い者に剣術指南役など務まらない。

 つまり、元の家禄だけでは、役職分の給与が減るという事だ。


 普通敵討ちに成功した家は加増されるのだが、どれくらい加増されるかは当主の気分次第になってしまう。

 ここで皇都の平民から圧倒的な人気を得れば、当主も加増額をけちることができなくなるのだ。

 しかたがない、人気とりに協力しよう。

 しかし、本当に誰がゾルムス伯爵家を継ぐのだろうか。

 継ぐ人間によってはバルク家はゾルムス伯爵家に戻らない方がいいかもしれない。

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