第13話仇討ち
「頼もう、頼もう!
バルド・フォン・アルベルト殿は御在宅か?
シュレースヴィヒ伯爵の騎士、エルザ・リッター・クラインと申す。
バルド殿の名を売る絶好のチャンスがあるのだ、ぜひ一緒に戦ってもらいた」
高級武官登用試験で謀叛が勃発した翌日の早朝、まだ日が昇って間もない時間にもかかわらず、エルザ殿がずかずかと部屋に入ってこられた。
もはや家人の案内も待たない、見た目の可憐な容姿とはそぐわないせっかちな行動に、家人たちも苦笑しています。
「エルザ様、名を売る絶好の機会と申されましたが、私に何をさせたいのですか?」
正直今は高級文官登用試験の勉強に専念したいのだ。
秘薬のお陰で小心を克服できるとはいっても、それは狂戦士化と引き換えだ。
できれば秘薬なしで小心を克服したいのだ。
大爺様が教えてくださったので、経験を積むことで小心を克服できる事も分かったが、今直ぐ克服できるわけではない。
それに、戦いなら狂戦士化で実力を発揮できるが、高級文官登用試験で狂戦士化しても、それで試験問題に答えられるわけではない。
試験を解くには、冷静な頭脳が必要なので、秘薬は役に立たないのだ。
秘薬に頼る前に、一つでも多くの例題を解かなければいけないのだ。
「仇討ちだよ、仇討ち。
仇討ちの助太刀をして名を売れば、バルド殿の役職就任に反対しにくくなる。
だから仇討ちの助太刀をして、宮城や皇都で名を売るんだよ」
確かにエルザ様の言う通り、仇討ちの助太刀をすれば名を売る事はできると思う。
殺された父兄の敵を討つ仇討ちは、武人として生きる騎士にとっては、誉となる快挙といえる。
戦国の世を戦って統一した軍事政権の皇国では、絶対に蔑ろにできない事だ。
だから敵討ちを助太刀しても名を売ることができる。
だが、逆もあるのだ。
敵討ちに来た相手を、返り討ちにしても評価されるのだ。
理不尽な理由で人を殺した者であろうとも、敵討ちに来た子弟を返り討ちにする事で、武人としての腕を証明して、元の家禄よりも高い家禄で他の貴族家に召し抱えられた敵持ちも少なくない数いるのだ。
武に生きる騎士の家は色々と厳しいのだが、敵を討てない武家ほど情けない者はなく、敵を討てない限り主家に戻る事は許されず、親戚縁者からも蔑まれてしまう。
そもそも敵に隠れ潜まれたら、この広い大陸で敵を探すこと自体簡単ではない。
敵討ちにかかった平均的な年数は二十数年、いや、これは首尾よく敵が討てた場合で、そもそも敵を見つけられる確率が百人中三人か四人だというのだ。
「そんな簡単に敵を探している者が見つかるわけないですよ。
それ以上に敵を探す事は難しいのです。
そんな事をするよりも、昨日の謀叛の後始末をされる方が、シュレースヴィヒ伯爵の騎士として大切なのではありませんか?」
「バルド殿はそんな事気にする必要はない。
シュレースヴィヒ伯爵にとったら、昨日の謀叛など計算の内だ。
今日にも近衛騎士団と近衛徒士団が動員され、謀叛人の親戚縁者が捕らえられ犯罪者奴隷に落とされることになっている。
だからバルド殿は自分の名を売る事だけを考えるのだ」
やはり、全て計算の上でやったのだな。
それでも、全ての不安が解消されたわけじゃない。
本当に近衛騎士団や近衛徒士団が両閣下の思い通りに動くとは限らない。
あれだけ大量の貴族や上級士族の子弟を皆殺しにした上に、それ以上の家を潰すと言上したら、流石に今上陛下の信頼が揺らぐ可能性もある。
だがそれをエルザ様を相手に口にするわけにはいかない。
エルザ様はシュレースヴィヒ伯爵に忠誠を誓った騎士なのだ。
これ以上、エルザ様の主君である、シュレースヴィヒ伯爵の能力を疑うような事を口にはできない。
それに、もしかしたら、エルザ様はシュレースヴィヒ伯爵の愛妾かもしれないのだ、愛する相手を悪しざまに言われて腹が立たない訳がないのだ。
「では、敵を探している者をどうやって見つけるのですか?
もしかして、もうすでに見つけているのですか?」
「なにを馬鹿な事を言っているのだ。
皇国にも皇都警備隊にも、敵討ちがしたいと届け出されているではないか。
敵討ち許可証を提出せずに、皇都で敵討ちなどできんぞ」
迂闊だった、確かに皇都警備隊や宮城の騎士団には仇討ち許可証が出されている。
皇都内で殺人があり、仇討ちが必要な場合は、皇都警備隊で審査したうえで、仇討ち許可証を発行すると勉強したことがある。
「では、エルザ様は、敵を探している士族や卒族を御存じなのですね?」
「御存じも何もない、既に書類を見て目星はつけてある。
敵が皇都の貴族や士族に匿われていて、なかなか探し出せなかった者で、昨日の一件で敵が皇都から逃げ出そうとしている者がな」
なんたることだ、両閣下の策謀が凄すぎる。
昨日の一件は、以前から十分な準備をしていた策謀なのだろう。
政敵を追い込み謀叛に走らせために、色々と準備していたのだろう。
もしかしたら、この仇討ちも政敵を追い詰めるための一手かもしれない。
平民にも人気の仇討ちだ、敵を匿っていたとなれば、平民は殺人を冒した理由が正当だったとしても、敵討ちの邪魔をしたと悪人扱いするだろう。
「では、エルザ様は敵が見つけられる、いえ、敵を確保できる敵討ちを見つけておられるのですね?」
「そうだ、すでにいつでも敵討ちができるようになっている。
後必要なのは助太刀だけだが、それを私とバルド殿がやるのだ。
バルド殿は、昨日の一件で不正悪事に加担せず、獅子奮迅の活躍をした事が皇都中に広まっているから、もう皇都では評判の騎士扱いだ。
ここでさらに名を売れば、役職に就けるのはまず間違いがないのだよ」
まだ疑問がないわけではない。
普通役職が頂けるのは十八歳からで、俺にはまだ四年も間がある。
皇都警備隊で親の見習として無給出仕するなら問題ないが、騎士団や徒士団で同じことができるかどうかは分からない。
いや、そもそも御爺様も父上も、騎士団員でも徒士団員でもないのだ。
これでは見習のしようもない。
だが、もうこれ以上疑念を口にする事はできない。
これ以上疑念を口にしたら、エルザ様を信用していないように聞こえてしまう。
俺はエルザ様を信じているし、恋心を抱いている。
身分違いの初恋で、普通では絶対に敵わない恋だ。
もしエルザ様がシュレースヴィヒ伯爵の愛妾なら、想いを抱くことすら許されない事なのだ。
だから俺はエルザ様の言いなりに仇討ちの助太刀をすることにした。
「バルド様、急ぎ買ってまいりました、お確かめください」
フォレストは本当によくできた家臣で、エルザ様の言葉が本当なのか、屋敷を出て瓦版を買ってきてくれた。
以前情報操作をお願いしていたので、版元と懇意になっていたのだろう。
探す時間なしに、短時間で瓦版が手に入った。
その瓦版には、長年に渡って文武官登用試験で不正が行われていた事、両閣下がその不正を摘発した事、その時に俺が活躍した事が書かれていた。
単に俺が活躍した事だけではなく、戦国時代のアルベルト家の勇名と比較して、百人斬りとしてもてはやしていた。
確かに一〇〇人を斃しているから、嘘が書かれているわけではないが、随分と誇張して書いてあり、勇壮な武勇として描かれている。
しかも普通ならば瓦一枚分の大きさなのに、二枚分の大判になっている。
その全てが、誰が何時仕組んだ謀略かによって、俺の、いや、アルベルト家の生末も変わってくる。
俺がイェシュケ宮中子閣下の姫君たちを助ける前から仕組まれていた事なら、あの人攫い事件自体が両閣下の仕組んだ謀略かもしれないのだ。
とてもではないが、太刀打ちできる相手ではないし、信用信頼して命を預けるに値する相手ではない。
「どうか御願いしたします、父の仇討を手伝ってください、この通りでございます」
俺とそれほど歳の違わない、まだ幼さの抜けきらない美少女が、真剣な表情で深々と頭を下げてくる。
それに合わせて、貧乏生活でやつれてしまったのだろう、若い頃の美貌がうかがえる母親と、十歳前後の弟も深々と頭を下げてくれるのが、とても痛々しい。
両閣下の思惑など別にしても、助太刀してあげたくなる家族だ。
エルザ様は仇討ち証明書を読み、事前に調査していて知っているのだろうが、俺は何も知らないので、改めて事情を聞かせて貰った。
この家族の敵は、仕える貴族家当主のお気に入りで、剣術指南役の役目が欲しくて、貴族家当主の前で役目をかけて戦い、無様に敗れたらしい。
自分が敗れたのは腕が未熟の所為なのに、逆恨みして娘の父親を徒党を組んで闇討ちするという、卑怯千万の凶行に及んだという。
普通なら仕える貴族家が全力で支援するところなのに、当主自身が寵臣を庇ってしまい、実家の貴族家に匿ってしまったようだ。
どうやら当主は婿養子らしい。
貴族家の当主が庇っている以上、家臣達にはどうしようもない。
この家族の親戚縁者も、当主に逆らったら、貴族家から追放されてしまうかもしれないので、この家族に表立った支援ができないそうだ。
いや、支援しないならまだましな親戚で、表向き追放された寵臣におもねって、貴族家で優遇されようとまでする親戚がいるという。
恥知らずにもほどがあるが、それが人間本来の性分かもしれない。
汚く卑しいのが、人間の本性であるのかもしれない。
俺もよほど自分を律しなければ、その汚く卑しい本性に支配されてしまい、恥知らずな行動をとってしまうのだろう。
自分を律するのを止めてしまったら、この家族の仕えていた貴族家の当主のように、神殿で厳しく禁止している、男色の欲望に囚われてしまうだろう。
寵臣というのは、貴族家当主の男色相手なのだ。
そんな道を外した当主と佞臣に父親を殺された姉弟、夫を殺された夫人、それはそれは悔しいだろう。
俺も助太刀してあげたいと心底思った。
だが、助太刀をすると約束する前に、どうしても聞いておかなければいかないことがあるのだ。
この家族がどれほど可哀想であっても、俺が焦がれるほどエルザ様の事を恋していようとも、これを確かめない事には助太刀するわけにはいかない。
この家族が仕えていた貴族家がどこかという事だ。
それ次第では、今直ぐに皇都から逃げ出さなければいけなくなる。
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