第12話上級武官登用試験合格
「合格だぞ、首席だぞ、首席で合格したのだぞ。
見事、見事、皆惨憺たる成績の中で、バルド殿の成績が際立っていた。
不正しなければ、初級武官登用試験すら合格できないような腐れ外道の姓名が、今年は明らかになってよかったな」
エルザ様が言いたい放題だが、周りの視線が痛い。
恨みの籠った視線に、激しい殺意が籠っているのが俺にも分かる。
だがその視線さえ、マクシミリアン卿とウィリアム卿には許せないようだ。
「何だその眼つきは!
皇帝陛下の臣民を選ぶ試験で不正を行うなど、処刑されて当然の悪事だ。
それを平然と行ったばかりか、監査を受けて恨みの視線を向けるとは、断じて許せぬ不忠大罪だ!
今回の不正には恩赦はない、全員処刑して、家も改易とする」
マクシミリアン卿が大臣筆頭として断罪を決められた。
皇国最高会議にも諮らず、ここまでの厳罰が行えるのだろうか?
わずかなスキを突かれて、権力を失う事もあり得るのだ。
それに、事故死に見せかけて殺してしまう方法もある。
生きていれば権力者だが、死んでしまった人間を恐れる者は少ない。
ここにいる全ての受験生と試験官が襲いかかってきたら、エルザ様をはじめとした手練れの護衛騎士でも、マクシミリアン卿を護りきれないともうのだが?
「やれ、やるのだ、殺せ、殺してしまえ。
ここで殺してしまえば、全てなかった事に出来るのだ。
こいつらさえ殺してしまえば、皇国を想いのままに動かせるのだぞ」
最悪だ、悪い予想が的中してしまった。
服装から宮中男と思われる奴が、不正に加わっていた配下の役人と、不正して試験に合格しようとしていた受験生たちを、煽りそそのかしている。
当たり前のことだが、皇国の根本をなす文武官登用試験の不正は死罪に値する。
ここでマクシミリアン卿とウィリアム卿の殺害に失敗しても処刑だし、黙って罪に服しても処刑だ。
ならば起死回生を図って殺害に走るのが人情だろう。
やけくその暴挙という事はできない。
「円陣だ、円陣を組んで両閣下を御守りしろ。
不正に加担していなかった受験生、両閣下を御守りしろ。
勝てば栄達が約束され、負ければ口封じされるぞ!」
これは、不正役人や不正受験生が暴挙に出る事を計算していたのか?
マクシミリアン卿とウィリアム卿の護衛騎士が、驚くことなく冷静に共同で円陣を組んでいる上に、不正に加わっていない下級士族卒族を煽っている。
これは、マクシミリアン卿とウィリアム卿の企てた罠だったのだ!
不正役人と不正受験生を確実に処刑し、実家を滅ぼすためには、単なる受験の不正だけでは足らなかったのだ。
剣を持って襲いかかって来たという、事実が必要だったのだ。
平民街では、マクシミリアン卿が私利私欲で好き勝手に御政道を捻じ曲げているように噂されていたが、そうではなかったのだ。
これくらい準備を整えて罠に嵌めなければ、今上陛下が直接行われているという体裁の文武官登用試験で不正を働いた者すら、処刑できないのだ。
マクシミリアン卿とウィリアム卿に襲いかかった受験生は、一〇〇〇名中九〇〇名ほどだったが、彼らには付き添いの家族や護衛の家臣がいた。
広大な馬場で、六〇〇〇人近い者たちが、一〇〇人ほどの護衛に襲いかかる。
不正にかかわりのなかった受験生とその家族護衛が五〇〇人ほどいるが、マクシミリアン卿とウィリアム卿を助けようとする者はいない。
彼らも数の暴力には勝てないと判断したのだろう。
その判断は間違いではないが、騎士としては恥知らずな行いだ。
「フォレスト、狂戦士化の薬をくれ、今が使い時だ」
「どうぞ」
フォレストは俺を諫めることなく秘薬を渡してくれた。
俺に名を上げろと言っているのだろう。
戦国の雄、忠臣の鏡アルベルト家の名誉にかけて、ここは戦うべきだと思っているのだろう。
狂戦士化の秘薬は、本当によく効く。
今迄なら恐怖と緊張で足がすくんでいたのに、恐れを感じることなく戦える。
更に、殺人の忌避感すら抑えることができている。
日雇卒族と争った時には、相手を殺すことができなかったのに、今は躊躇うことなく一撃で殺せる。
以前は腕を傷つけ脚を傷つけ、二度手間で無力化しなければいけなかった。
それが今では、喉を斬り裂き心臓を貫き、一撃で斃す事ができる。
身体もとても軽く、無尽蔵に力が湧いてくる。
俺の獅子奮迅の働きを見て、数人の受験生が両閣下を助けようと戦い始めた。
彼らの戦いを見て、更に多くの受験生が戦いに加わった。
だが圧倒的に多勢に無勢だった、それにろくな装備をしていない。
罠を仕掛けた両閣下は、護衛騎士に完全装備をさせておられるが、俺達受験生は騎射に少しも有利になるように、軽い鎧を使っていた。
騎士を選ぶ上級武官登用試験だから、騎士の完全鎧を装備して行うのが大前提なのだで見た目は完全鎧だが、実際にはほとんど防御力のない紙のように薄くて軽い鎧を装備して、試験に望んでいるのだ。
だが俺は、誰に愚直といわれようとも、試験の規定通りの、厚く硬く重い完全鎧を装備して試験を受けていた。
常在戦場の心掛けでなければ、戦士として武人として役に立たない。
役に立たない基準で試験に合格しても、何の意味もない。
それに、そんな事をしてしまったら、英雄と呼ばれたご先祖様に顔向けができないと思っているのだ。
なにより、両閣下が無策でこのような状態にしているはずがないのだ。
今危機に陥っているのは、隠れている敵を引きずりだすためだろう。
そして、今後のために、頼りになる味方を探し出すためだろう。
そういう意味では、俺は両閣下に釣りだされたに違いない。
両閣下の思惑通りに動いていると思うと、少々複雑な心境になるが、正義のために働けていると思うと、心が躍るのも確かだ。
「かかれぇぇぇぇ!
今上陛下に刃を向ける謀叛人を許すな!」
思っていた通り、両閣下の味方が駆けつけてきた。
全貴族の中でも有数の武断派、実力最強を争うイェシュケ辺境伯家の騎士団だ。
これは、分家のイェシュケ宮中子が助力を頼んだのだろう。
元々本家分家の関係なうえに、当代のウィリアム卿は、跡継ぎの男子に恵まれなかった先代に請われて、本家から婿養子に入ったのだとフォレストが言っていた。
確か当代のイェシュケ辺境伯の実弟のはずだ。
だが同時に、マクシミリアン卿とウィリアム卿の権力が、思っていたよりも影響力が低いのが分かる。
もし本当に絶大な力があるのなら、皇室直属の近衛騎士師団や、皇国の一般騎士団を動員出来たはずなのに、実際に援軍に来たのはイェシュケ辺境伯家の騎士団だけ。
これは、人数が多くて情報漏洩が怖いとはいえ、近衛騎士団も一般の騎士団も、心底からは信用していない事を意味している。
こんな状態では、マクシミリアン卿とウィリアム卿の権力が盤石だとは言えない。
だからこそ、俺にチャンスがあるともいえる。
本当に信頼できる味方が欲しいからこそ、俺のようないわくのある家の人間でも、取立ててもらえるかもしれない。
そんな事を考えているうちに、敵対した六〇〇〇人近い者たちが皆殺しになった。
俺自身も、連携の取れない未熟な者達を一〇〇人は斃したと思う。
全て秘薬の御陰なのだが、このまま狂戦士化してしまったら、助けに来てくれたイェシュケ辺境伯家の騎士団にまで攻撃してしまうのではないかと、恐怖を感じた途端に、フォレストが解毒剤を突き刺してくれた。
「バルド様、これでもう大丈夫です、いつものバルド様に戻られます。
それとこれを食べてください、体力が回復します」
本当にフォレストは至れり尽くせりの忠臣だ。
狂戦士化で疲れを感じる事がなかったが、初めての本格的な集団戦で、一〇〇人もの騎士候補を独りで斃したのだ、体力を消耗していて当然だ。
その体力を回復する薬を即座に用意してくれるなんて、本当に有難い忠臣だ。
馬場での混乱が納まり、謀叛を起こした者が皆殺しにされても、それで全てが終わったわけではない。
謀叛を起こした者の実家や親戚縁者の処分が残っている。
彼らを完全に根絶やしにしないと、両閣下も安心などできないはずだ。
本来なら、上級武官登用試験の合否などは後回しにされるはずなのだが、両閣下は騎士団に動員をかけながらも、生き残った俺達を賞してくださった。
だが、今回の合格者は極端に少なくなった、いや、俺一人かもしれない。
いつもなら、不正があったと今なら分かるが、騎士の家格を持つ跡継ぎたちがほとんど全員合格している。
それが今回は全員謀叛を起こして死んでいるのだ。
生き残った不正に関係していなかった者も、十数人を除いて騎士に相応しくない憶病で卑怯な態度をとっている。
その十数人も、恐らく全員討ち死にしてしまっている。
結局今回の上級武官登用試験の合格者は、俺独りだった。
討ち死にした不正に関係ない受験者は、後日皇帝陛下直々に賞され、官職を追贈されたが、死んで花実が咲くわけではない。
だが、いったいこれからどうするのだろうか?
これでは、来月に行われる高級武官登用試験の受験者が、俺独りになってしまう。
狂戦士化の秘薬のお陰で、狼狽して実力を発揮できないような、無様な事にはならなくなったが、流石に皇帝陛下御臨席の試験に、一人しか受験者がいないのは不味いと思うのだが。
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