04 音楽祭とカエルの秘密 2
ここは、神さまにあいさつをするまえに手を洗ってキレイにするところだから、こんなことしていいのかな? って思うけど、ほかに水があるところ知らないしね。
手のひらに乗せていたさっきのカエルを地面におろすと、カエルは流れてくる水のところに行って、身体をぬらした。
「ふいー、生き返るねい。清涼清涼」
ゲェコゲコと鳴くカエルの声が、ぼくの耳には人間の言葉になって聞こえてくる。
つまり、このカエルもタマさんみたいに、ふつうとはちがうカエルってことなんだろうな。
今日はいろいろなことがあって、秘密ノートに書くことがいっぱいでたいへんだよ。
「ねえ、カエルさん。カエルさんには名前はあるの?」
こっちは猫又のタマさんだよと紹介すると、カエルさんはさっきの猫パンチを思い出したのか、ぴょーんと跳ねて、石の上にあがった。まだらもようのカエルだから、おなじような色のところにいると、どこにいるかわからなくなる。うしろの足がひとつしかなくて、しかもオタマジャクシみたいにまんなかに生えてるもんだから、トカゲみたいだ。
「オイラは、
「せいあじん?」
青いカエルの神さまと書くらしい。
青くないのに、ヘンなの。
「それで、青蛙神さんはなにをしてたの?」
「天候調整ってやつさ」
「お天気を変えられるの!?」
さすが、神さまだ。
「ガマ仙人さまは、カエル使いが荒いってばようよう」
つかれた声で青蛙神さんは言う。
せいあ――なんかもうめんどうだからカエルさん……いや、ケロさんでいいや。
ケロさんは、ガマ仙人さんのお供をしている霊獣で、お仕事としてはお天気の管理なんだって。つまり、ケロさんがゲコゲコ鳴いて「雨よ降れー」ってやれば、雨が降るわけだ。
今日カミルくんが言ってた、キアツがどうとかいうよりも、こっちのほうがずっとわかりやすいや。見た目、カエルだし。
今年は梅雨時期なのに、あんまり雨が降らないねえって話は、近所のひとたちがしている。このあたりは、自分でお米をつくっているひとが多いから、そういうのもよく聞くんだ。
ぼくとしては雨が降ると楽しくないし、じめじめしてあんまり好きじゃない。おかあさんはせんたくものが乾かないって文句を言ってるし、そういうときは、近くのコインランドリーに行く。たいていの場合、そこに出かけるはぼくなので、とってもめんどうなのだ。
あんまり寄り道をするわけにもいかないので、ケロさんとはそこでお別れした。しっぽみたいな一本足を器用につかって、ピョンピョンと跳ねていくのをみおくって、ぼくはタマさんといっしょに家に帰った。
ケロさんに会ったこと、カエルの神さまはお天気を変えることができるらしいことを、秘密ノートに書いておく。
そんなことをしているうちに夕方になって、おかあさんに頼まれて、スーパー『まるとみ』へ買い物に行くことになった。どうやらトマトケチャップがないらしい。
ケチャップがなければ、今日の晩ごはんは焼き飯になってしまう。
それはそれで悪くないんだけど、オムライスだって思っていたものが焼き飯に変わってしまうと、テンションがさがる。今日のぼくは、オムライスの気分なのである。
まるとみまでは、自転車に乗って行けば10分ぐらいかな。ぼくは、今年の春にあたらしく買ってもらった青い自転車、クサナギ2号に乗って、さっそうと出かけた。
ケチャップといっしょにポテトチップスを買った帰り道、田んぼのあいだのほそい道を走っていると、ゲコゲコとカエルの声が聞こえてきた。遠くのほうで聞こえる車の音よりもずっと大きく聞こえる。
――やっぱり、昼間よりも夜に近くなるほうが、たくさん鳴いてる気がするんだけどなあ。
おなじだなんて、信じられないや。
次の日はくもり空。帰るころには雨が降るかもしれないから、傘を持って学校へ行った。
集団登校のとき、コウキくんと話をしながら歩く。
「もうさー、ヘビーだよ。かえるのうたとか、もう聞きたくない」
「コウキくん、運動得意だからいいじゃんか。ぼくは、あの、立ったり座ったりするのがすごくイヤだよ」
「うまいヘタかんけーないよ。昨日さー、ミキモト先生に声がちいさいーって怒られてさー」
「ぼくのクラス、たぶん今日それやるよ」
「そっかー。タケちゃん、ふぁいとー」
コウキくんは二組なので廊下で別れて、自分の教室へ入る。
二時間目、ミキモト先生が見守るなか、ぼくたち三組は校庭で「かえるのうた」を歌い、声を張りあげすぎて、のどがいたくなってくる。ユーウツだ。
学校の西側には田んぼがたくさんあるから、音楽祭の日はそっちがわをステージにして、歌うことになっている。ときどき、バッタとかカエルを校庭で見かけるのはそのせい。クラスの女子は、キャーキャーさわいでいるけど、なにが怖いのかさっぱりだ。噛みつくわけじゃないのにさ。
ゲコゲコというカエルの声にまじって『言葉』が聞こえた。しゃがれた声で、なにかを言っている。
だけど、クラスのみんなも、先生たちも、だれも気にしているふうじゃなくて、そもそも聞こえていないみたいだ。
――ということは、あれはケロさんかな?
このまえ会った、しっぽの生えたカエルを思い出す。
タマさんに訊いてみると、ケロさんはいろんなところの田んぼを渡り歩いているらしいから、今日は小学校近くの田んぼの日なんだろう。スケジュールとかあるのかもしれない。
「やっぱり今日は雨が降るのよ、カエルが鳴いてるもん」
「あんなに鳴いてるのに、どこにいるのかわからないよね」
「えー、見たくないから、見えなくていいよお」
「わたしも、カエルきらーい」
女子が、ほんとうにイヤそうな声をだしている。
大きいイボイボがついたカエルは、ちょっと気持ちわるいと思うけど、アマガエルはちっちゃくてかわいいじゃないか。
「おや、坊ちゃんじゃないですかいかい」
しゃがれた声が聞こえた。これは、ケロさんの声だ。
それと同時に、ぼくのとなりにいた女の子が、悲鳴をあげた。ぼくの足もとにいるカエル――ケロさんにおどろいたらしい。あっというまに、ぼくのまわりからひとがいなくなった。
女子はともかく、男子まで逃げるってどうなんだろう。
……まあ、たしかにケロさんはちょっと大きくて、グロテスクな色をしてるけどさ。
クサナギくんの足におっきいカエルがーと訴えている声を聞きながら、ぼくはケロさんをひっぺがして手に持った。
「先生、カエルあっちに放してきていいですか」
田んぼを指さして言うと、アンドウ先生がカクカクうなずく。ひょっとして先生も、カエル気持ちわるい派なのかな?
おとななのにヘンなの。
ぼくはすみっこのほうに歩いていって、ケロさんを
「ごめんね、みんながさわいで。ケロさんはわるくないと思う」
「気にすることはないんだよう、カエルをやってりゃー、よくあるよくある」
ゲコゲェコと鳴きながら、ケロさんは明るく言う。
「坊ちゃんはいいヤツだねい、噂はいろいろ聞いたでよう」
「うわさ?」
動物に噂をされるようなこと、やったかな? 近所の野良猫にあいさつしたり、通り道の家の犬にあいさつしたりはするけど、そのていどだよ?
ぼくが言うと、ケロさんはガラガラと喉をふくらませて笑った。
「坊ちゃんは、そりゃあ幼いころから怪異たちにも、分け隔てなく接してくれる、心優しい人間だって評判評判」
「……なにそれ、知らないよそんなの」
「道祖神にも覚えめでたい御方だとは知らなかったものだから、このあいだは悪いことをしたものだと、反省反省」
「どうそしん?」
「なにか困ったことがあれば、この
とはいえ、寒い時期は活動が鈍るから勘弁勘弁。
ケロさんがゲコゲコ言っているのをきいて、ぼくはふと思った。
天候をあやつれるケロさんなら、音楽祭の日にピンポイントで雨を降らせることだってできるんじゃないのかな?
そうすれば、「サドンデスかえるのうた」もなくなるはず!
「ねえ、ケロさん。だったらひとつ、お願いがあるんだけど……」
「オイラにできることならば、なんなりと」
「雨を降らせてほしいんだ」
「その程度、お安い御用御用」
「ぼくのお願いした日がいいんだけど、それでもだいじょうぶかなあ?」
「いつがいいですかい?」
ぼくはこっそり、音楽祭の日を教えた。ケロさんは、喉をふくらませて返事をしてくれたので、安心してみんなのところへもどったのだった。
■ ◆ ■
上坂小学校による野外音楽祭、その前日。
学校周辺にある水田から、一匹の蛙が躍り出た。おたまじゃくしのようなしっぽを器用に操り、ぐるりと一帯を周回する。
そのたび、付近の田畑からは大小様々な蛙が一匹、また一匹と姿を現し、先頭を跳ねる不思議な蛙についていく。
ゲェコ、ゲェコ。
ゲコゲコ、ゲェエコ。
グルグルグル。
ゲコゲコゲコ。
鳴き方も多様な幾多の蛙が、一匹の妖怪蛙について、跳ねていく。
ハーメルンの笛吹きのごとく、先頭の青蛙神は、陽気に声をあげつづける。
おいでや、おいで。
蛙さまのお通りだい。
オイラは蛙、妖怪蛙の
つどえや、つどえ。
神さまのお達しでい。
オイラは蛙、雨を呼ぶ青蛙神。
雲よ来たれ、風よ吹け。意に従いて、雨と成せ。
歌え、踊れ、雨よ来い。
歌え、踊れ、雨と成れ。
蛙の数が増えるごとに、月は翳り、どこからともなく灰色の雲が風に乗って流れていくる。
ぺったりぺったり、ぴょんぴょこ、ぴょん。
道行く蛙は数を増し、田畑の畦道を埋め尽くしていく。
おいでや、おいで。
蛙さまのお通りだい。
つどえや、つどえ。
神さまのお達しでい。
青蛙神の声に従い、蛙たちがさざめき鳴き声をあげる。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
一面にただ、蛙の声が響き渡る。
闇が支配する時間。
呼応するようにして、付近一帯に蛙の声が木霊する。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
上坂小学校に辿り着いた青蛙神は、校庭の中心に位置すると、天を仰いだ。
喉を膨らませ、一際大きな鳴き声をあげる。
妖怪蛙の命に従い、集まった蛙たちもまた空を仰ぎ、喉を震わせた。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。
ゴロゴロと轟く音が鳴り響き、やがて真昼のような光が一瞬、上空に広がった。
■ ◆ ■
朝、目が覚めると薄暗い。
もしかしてと思ってカーテンを開けて、ぼくは息をのみこんだ。
雨だった。
窓ガラスに水滴がたくさんついていて、上から流れていく。
――すごい。ケロさんが雨を降らせてくれたんだ!
昨日の天気予報では、傘のマークなんて出ていなかった。それなのに雨が降っているということは、ケロさんのしわざにちがいない。
へへへ、やったね!
ぼくはウキウキと朝ごはんをたべる。
おかあさんの言うことなんて、ほとんど耳に入ってこない。
きらいな雨だけど、今日だけはちがう。とくべつな雨だ。
長靴を履いて学校へ向かったぼくを待っていたのは、校門にかけられている、ビニールにつつまれた音楽祭の看板で。
雨の場合、音楽祭が「体育館で実施される」だなんて、そんなこと知らないよ!
二年生がステージで「かえるのうた」を輪唱しているのを聞きながら、ぼくは天井を見上げる。
雨の音が、バタバタと上から響いてきて、あつまったお客さんの拍手とまじって、大喝采の音になる。
「つづいては、三年生による輪唱です」
ぼくはゼツボウした。
くそう。来年はお客さんのほうにまわって、高みの見物をしてやるんだからな!
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