第4話

 小屋を出た。

 日が高い。

 ふと思う。

 今見上げている太陽と、日本から見上げている太陽とは同じなんだろうか?。

 「ギルドへ行くには北へ向かえ」と言われたが、良く考えたらどちらが北かわからない。

 だいたいの方向を知るのに、現在の時間と太陽の位置を確認する。

 しかし、今が何時かはわからない。

 そして、異世界では『太陽は東から登って西に沈む物』かどうかもわからない。

 リズは『異世界は星だ』とは言っていたが、地軸が北から南に向けて通っているともいっていないし『円形の星だ』とも『自転している』とも一言も言っていない。

 つまり、小屋から飛び出したは良いが、どちらが北かもわからないし、完全に右も左もわからない、ということだ。

 わからなければ人に聞けば良い。

 と、その前に『コミュニケーションはどうやって取れば良いんだ?。』とふと思う。

 俺はこの星で、この大陸で、この王国で使われている言語を知らない。

 俺はこの街でコミュニケーションをとれるんだろうか?。

 悪い癖だ、考えるより先に体が動いている。

 もうさすがに戻る訳にはいかない。

 害のなさそうな・・・出来れば女性に話しかけよう。

 そうだ、ビビってるんだよ!。


 俺「ちょっと良いだろうか?。」

 町娘「・・・(小首を傾げてこちらを見ている)」

 伝わらなかっただろうか?。


 俺「エクスキューズミー?。」

 町娘「???。

 なんですか?。」

 良かった、伝わったようだ。

 つーか、『エクスキューズミー?』が伝わったところで、どうせ続く英語は理解出来なかったクセに俺はどうするつもりだったのだろう?。

 

 俺「この街に来るのは、今日が初めてで右も左もわからないんだ。

 いや、もちろんそれは喩えだ。

 右も左もわかる。

 右手は飯を食う方の手で、左手は尻を拭く方の手だろ?。」

 町娘「突然話し掛けてきて、何言ってるんですか?。

 ・・・というか、『ヒンダム』出身の方ですよね。

 『左手は不浄の手』という考え方は確か違う大陸、ヒンダムの考え方ですよね?。」

 俺「ゴメン、異世界にもインドみたいな国があるとは思わなかったんだ。

 俺は空中に浮いたり、手足が伸びたり、火を吹いたりしない。

 化け物みたいでありながら、嫁さんは美人だったりもしない。

 たまにカレーを食うくらいだ。

 『たまに』は違うな。

 月に四回はカレーを食う。

 まあ、好きではあるが、一度カレーを作ると無くなるまで、カレーが続くんだよ。

 と言ってもカレーは中辛だぞ?。

 辛味は旨味だとわかっていても、あんまり辛いモノが食えないのはしょうがない。

 激辛好きなヤツって一体何なんだろうな?。

 次の日、尻の穴が死なないのかな?。

 俺は『ヒンダム』出身じゃない。

 もっともっと東の小さな島国出身だ。

 今日は冒険者ギルドの場所が知りたくて声をかけたんだ。

 俺の名は『ダルシム』だ。

 よろしく。」

 俺は咄嗟に偽名を名乗った。

 初対面の人に本名を教えるなんて、俺には怖くて出来ない。

 だが『突然話し掛けて、マシンガンのようにまくし立てて、聞かれてもいないのに偽名を押し付ける』というのはリズに言わせると『気が狂っている』そうだ。

 俺がまくし立てるように色々言ったので、町娘は頭の中で情報を整理しているようだ。

 町娘「はじめまして、ダルシムさん。

 私は『エリ』と言います。

 この近くの道具屋で働いています。」

 俺「はじめまして、『ソデ』さん。」

 エリ「『エリ』です。

 冒険者ギルドに行くには、この通りを真っ直ぐ突き当たりまで行って下さい。

 そこに冒険者ギルドの入り口があります。

 俺「ありがとうございます!。

 『スソ』さん!。」

 エリ「『エリ』です。

 無理に間違えないで下さい。」

 エリさんが遠くで何か言っていたが、もう走り出した俺には聞こえなかった。


 子供の頃から通信簿に『落ち着きが足らない』と書かれていたんだ。


 冒険者ギルドに来た。

 それなりに歴史がありそうな建物だ。

 つーか、わざと権威があるように見せて古臭く造ってないか?。

 何か道後温泉本館みたいなあざとさがあるぞ。

 

 俺は受付まで来た。

 受付嬢が俺の要件を聞く。

 俺「今日は求職に来たんじゃなく、失業保険の給付手続きに来たんだが・・・。」

 受付嬢「???」

 イカン。

 俺の渾身のハローワークギャグが通じない。


 俺「今日は冒険者登録しようと思って来たんだ。」

 受付嬢「この街の冒険者ギルドに来るのは今日が初めてですか?。」

 俺「この街どころか、ギルドに来るのも初めてだよ。」

 受付嬢「では身分証明書を出して下さい。」

 マジで?。

 普段、本人確認が出来る身分証明書が必要な時には俺は原チャリの免許出してる。

 当たり前だが、異世界で通用する身分証明書を俺は持っていない。

 落ち着け。

 「身分証明書を忘れた」と言って堂々としていれば良い。

 逃げたり挙動不審になるから「怪しい」と言われるのだ。

 落ち着け。

 明鏡止水の如し。

 明鏡止水の如し。

 明鏡止水の如し。

 農協牛乳の如し。

 俺「きょ、今日、ワスレチャッチャチャ」

 噛んだ。

 声が裏返った。

 どもった。

 受付嬢が警備の人に目配せしている。

 恐らくこの後、事務所に連れて行かれる。

 何とかこの場を乗り越えなくちゃならない。

 ここは冒険者ギルドだ。

 身体能力で逃げ切れない。

 芝居を打つしかない。

 「いつもは身分証明書持ってるのに、今日に限って持ってねーや、ガッデム!。」

 これでいこう。

 忘れたのは自分のクセに何故か逆ギレしている面倒臭い人を演じよう。

 「あ、アホだ。

 関わるのはよそう。」そう冒険者ギルドの人達に思わせれば儲けものだ。

 そうすれば逃げ切れる可能性が出てくる・・・と思っていた。


 受付嬢「はい、落ち着いて。

 ポケットの中の物、全部出して下さい。」

 俺「はい・・・。」

 俺は言われた通り、ポケットの中の物を受付の上に置いた。

 財布、スマホ、小銭、ポケットティッシュ、飴ちゃん・・・。

 異世界と言えばスマホ、スマホと言えば異世界・・・のはずなのに、受付嬢は電池切れのスマホをスルーしている。

 そりゃ電池切れだよ。

 病院の中は使用禁止だったから、電池切れのまんまだったし、退院して充電するヒマもなかったし。

 そのうちこの四世代遅れのスマホが異世界に革命を起こすんだぜ?・・・起こすのか?。

 俺はラインもツイッターもやってない。

 しゃべれりゃいいやん、電話やし。

 

 それより受付嬢が興味を示したのはポケットティッシュだった。

 受付嬢「それは何ですか?。」

 俺「紙・・・です。」

 受付嬢「紙?。

 その薄い布のような物が紙なんですか?。」

 俺「薄いって言ったってコレ、二枚重ねだよ。」

 受付嬢「また~、私が紙見た事ないと思ってバカにしてるでしょ?。」

 俺「いや、そんなんで良いならいくらでもあげるよ。

 アレ?

 ポケットにまだ何か入ってる。」

 受付嬢「あ、これ聖教会発行の身分証明書ですね。

 持ってるなら言って下さいよ!。」

 いや、確かに持っていなかった。

 今、ポケットの中に入ったのだ。

 しかも身分証明書は本物らしい。

 異世界はコピー技術が低い。

 ただでさえ複製技術が低い上に魔法技術は高い。

 身分証明書に魔術刻印が施されている場合、200%偽造は不可能との事だ。

 つまり俺の身分証明書はこの世界に存在する訳がない本物、という事だ。

 こんな物が発行出来るのは神以外考えられない。

 俺「リズって本当に女神だったんだ・・・。」

 俺は今更ながらに驚いた。


 受付嬢「最後にここにサインをして下さい」

 そこに俺は羽ペンで『白銀蒼天』と達筆に書いた。

 それ以降俺は異世界では『白銀蒼天』と名乗った。

 もちろん、日本では『佐藤良夫』という別の本名がある。

 そして、エリさんに咄嗟に名乗った『ダルシム』という偽名がある。

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