第18話

 家に帰って、父さんと母さんに「寝る」と一言だけ呟いてから、俺は部屋に閉じこもった。

徹夜明けで体は睡眠を求めているはずなのに、横になっても一向に眠れる気配は無い。

 こんな気持ちになるのは初めてだった。ここ最近、俺は動画編集かバイオリンの練習しかしてこなかったけれど、今はそのどちらもする気になれない。今の俺の心の空模様は間違いなく雨だ。

 『柚木先輩!』

 上嶋さんが、逃げ去る俺にかけた最後の言葉が今でも脳内で繰り返し流れている。

 本当は分かってる。上嶋さんは何も悪くない。俺のやっていることは単なる八つ当たりだ。

例え上嶋さんが何らかの病だったとして、それを俺に言う必要なんて全く無い。誰にだって一つや二つ秘密はある。むしろそれを無理やり聞き出そうとする方が最低な人間だ。

 時間が経てば経つほど、自分がした行為の愚かさに気付かされる。腹の底から湧き出ていたどす黒いマグマも、次第に冷えて固まり始めた。そして窓からオレンジ色の光が差し込む頃、俺はようやく起き上がってスマホを手にとった。

 《さっきはごめん。俺が悪かった。明日、またお見舞いに行っても良い?》

 それだけを打ち込んでから、俺は再び横になる。相変わらず気分は晴れないままだけれど、今度は眠りにつくことが出来た。

 けれど翌日になっても、上嶋さんからの返信は疎か、既読のマークすら付かなかった。本来なら彼女の所を訪れるべきなのだろうけど、嫌われているのではないかと思うと、足がすくむ。

結局その日一日は、溜まっていた動画の編集作業をするだけで終わった。この日はミスだらけで、危うく撮影データを削除してしまう所だった。

 ようやく上嶋さんから連絡が来たのは、更に翌日の月曜日のことだった。二時間目の数学の授業の最中に、突然スマホが振動する。教師の目を盗みながら画面を見ると、

 《返信遅れてすみません。柚木先輩には本当のことをお話したいと思うので、今日の午後、授業が終わったら病室に来ていただけませんか?》

 と書かれていた。当然俺は、

 《もちろん。すぐ行く》

 と返信した。

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