第17話

 「この度はご迷惑をおかけしました」

 ゆったりとしたピンク色の病衣を羽織った上嶋さんは、病室のベッドから起き上がった状態で小さく頭を下げた。

 「本当ですよ! 彩先輩、もう大丈夫ですよね? また一緒にプリン作れますよね?」

 「うん、大丈夫。これだけ寝たんだから、元気すぎるくらい」

 そう言って上嶋さんは、手を握ったり開いたりする。

 「良かった~」

 千春は右手を胸に当てて息をつく。続いて、その右手を口に当てると、大きくあくびした。目元には涙が滲んでいる。

 「何だか安心したら一気に眠気が来ちゃった……」

 「千春ちゃん、寝てないんですか?」

 「昨日は彩先輩が心配で一睡も出来ませんでしたよ!」

 「それは本当に迷惑をかけてしまいました……。ごめんなさい」

 上島さんは、先程よりも深く頭を下げようとする。千春は上島さんの両肩を抑えて、それを阻止した。

 「良いんです。先輩が元気ならそれで。でもちょっと眠たいから、私は家に帰って寝よっかな。兄さんはどうするの?」

 「俺は、もう少し上嶋さんと話していくよ。YouTubeのことで色々相談したいこともあるし」

 「兄さんだって昨日は寝てないのに無理しないでよ? あと彩先輩も頑張りすぎないでくださいね。それじゃあ失礼します」

 「帰り道には気をつけろよ」

 「お見舞い、ありがとうございました」

 千春は小さく右手を振りながら、病室を後にした。辺りに静けさが訪れる。

 「それで……本当の所はどうなの?」

 二人きりになった所で、俺は話を切り出した。

 「本当の所……とはどういう意味ですか?」

 「もう二ヶ月も一緒にYouTubeやってきてるんだ。流石に分かるよ。上嶋さん、今、無理して笑ってるでしょ」

 俺の発言に、上嶋さんは頬をピクリと震わせる。でも貼り付けたような笑顔を崩すことは無かった。

 「無理なんてしてないですよ。もちろん、せっかく昨日千春ちゃんと一緒に作った柚子プリンが台無しになったのは残念で、泣きたい気分にもなりますけど……」

 「そういう話じゃないって!」

 少し語気を強めた俺の声に、上嶋さんの肩がビクリと揺れる。

 「……驚かせてごめん。でも……普通に考えて、おかしいでしょ? 隣を歩いてた人が突然倒れるなんて。単なる寝不足なんかじゃありえない。もしかして上嶋さん、何か持病があったりするの? もしそうだとしたら、本当のこと言ってほしい。でないとこれから、撮影だってどれくらいのペースでやればいいのか決められないし……。ねえ、どうなの?」

 俺は彼女の瞳を見つめながら訴えかける。そこには、これまで見たことが無いほどに歪んだ俺の顔が写っていた。

 醜いな……。

 俺はそんなことを考える。

しかし、すぐにそれも見えなくなった。上嶋さんが俺から視線をそらしたからだ。

 「心配をおかけしたことは謝ります。でもわたしは大丈夫ですから……。撮影も今まで通りのペースで構いません」

 俯く上嶋さんの様子を見て、俺は悟った。

あぁ、彼女は俺に本当のことを言うつもりはないのだと。

その瞬間、体の奥の方から、自分でもよく分からない感情が沸々と湧き出る。それは、マグマのように熱くて、そして墨のように黒かった。

 「そっか……。上嶋さんは俺のことなんて信用出来ないもんな」

 その瞬間、目の前の上島さんは凍りついたような表情を浮かべる。

 やめろ。続きを言うな。

 脳裏をそんな言葉がよぎるが、俺の口は一向に止まる気配がない。

「出会ってたったの二ヶ月だし、学校も別々だし。何だか勝手に俺だけ盛り上がっちゃってごめん。俺は上嶋さんのこと信用してたんだけどな……」

 それだけ言い放つと、俺は逃げるように病室を後にした。

 「柚木先輩!」

 背後から俺を呼ぶ悲痛な声が聞こえてきたけれど、全て無視して俺は病院の廊下を駆け抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る