第14話
月日は更に加速する。ついこの間まで、紅葉が美しい季節だったというのに、気がつけばあっという間に十二月。これほど素晴らしい暇つぶしに出会えたことに、俺は感激している。
ここ一ヶ月でゆずプリンチャンネルの登録者数は急上昇し、先日、遂に五千人を突破した。毎日欠かさず動画を投稿し続けた成果が出ているのかもしれない。それに伴って動画の再生数も上昇している。上島さんの演奏動画はもちろん、彼女に俺がバイオリンを教えてもらう動画も意外に再生されていた。上嶋さんの言う通り、バイオリン初心者の人たちが見てくれているのだろう。
何もかもが順調で怖いくらいだ。これが上島さんの力なのかと、俺は改めて感心する。
ただ、一つ気になることもあった。それは、どの動画にも脅迫まがいのコメントをする一人のユーザーだ。いつも動画を投稿するとすぐに、コメントを送ってくる。そのコメントはすぐに削除するようにしているのだが、削除してもすぐに新しいコメントをするので、現状はいたちごっこだ。おまけにコメントは日に日に過激になっている。今のところ特に実害は無いが、気分が悪いのは事実だ。
しかし気にしすぎてもしょうがない。だから俺は、いつもどおり淡々と撮影、編集、そしてバイオリンの練習を続けている。
「彩先輩! 今度は一緒にミルクプリン食べましょう!」
「またいつでもいらしてね」
千春と母さんに見送られながら、俺たちは家を出る。今日は俺の部屋で、上嶋さんのバイオリンレッスンを受けていた。こういう時に一軒家は良い。多少大きな音を出しても、周囲の人に文句を言われないのだから。
「柚木先輩、今日は晩御飯までごちそうになってありがとうございます」
「いやいや、母さんも楽しみながら料理しているみたいだし気にしないで。それよりも、今日もバイオリンレッスンありがとう。最近ようやく簡単な曲なら弾けるようになってきたよ……」
曲と言っても、カエルの歌レベルの曲だが……。でも、まともに音すら出せなかった頃に比べれば大成長だ。
「それは先輩がちゃんと練習しているからですよ。動画の編集に加えてバイオリンの練習もあって忙しそうですが大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。無理はしないようにしてるから」
俺は右手で上島さんをなだめる。
「上島さんの方こそ大丈夫? 何だか最近、疲れているように見えるけど……」
気づくと横でスヤスヤと眠っていることが多い。
「わたしは問題ありません。むしろ、もっと頑張りたいと思っているくらいですから……」
上島さんは、その小さな拳をキュッと握った。やる気は十分すぎるくらい感じられる。
けど……
「無理はしすぎないでね。上島さんがいないとチャンネルが成り立たないんだから」
俺のような凡人と違って、彼女は替えが効かない存在だ。
「気をつけます……。それでは先輩、今日も星の話をお願いします」
上島さんは露骨に話題を変えてきた。とはいえこれ以上、無理するなと言った所で同じ話の繰り返しになるだけだ。だから俺は上島さんの話題に乗ることにする。
「オッケー。じゃあ今日は、ベテルギウスの色の話でもしようか」
「色ですか?」
上嶋さんは夜空を見上げる。そこには相変わらず煌々と輝くベテルギウスがあって、あまりの眩しさに彼女は目を細めた。
「なんだか、前より少し白っぽくなっているような……」
彼女の回答に、俺は指パッチンをして答えた。
「正解! 爆発した直後は青かったんだけど、最近はもっと白成分が多くなってるんだ」
「全然気づきませんでした……」
「まあ今はまだ変化が小さいからね……。でも、あと一ヶ月くらいで今度は赤くなると思うよ。そこまでくれば誰でも気づくはず」
「青から赤ですか?」
「うん。爆発してから時間が経てば経つほど星の温度は下がるからね。ほら、理科の時間に習わなかった? 青い炎の方が赤い炎よりも熱いって」
「やりました! なるほど……。そう言われれば納得です」
満足気に上嶋さんはうなずく。
「だから、もしも時間があったら夜空を眺めてみてよ。毎日ちょっとずつ色が変わるのが分かるから。一日たりとも同じ色の日はないんだよ」
「同じ色の日はない……。そうですね、もっと一日一日を大切にしなきゃいけないですよね……」
上嶋さんはしみじみとつぶやく。
俺としては、一日を大切に、とかそういう意図を込めて話したわけではないのだが、上嶋さんは納得しているようなので口は挟まないでおく。
「じゃあ今度はオリオン座の話をしよう。今は見えないけれどオリオン座には三ツ星があって……」
その後も俺は、夜空に関する話題を続けた。上嶋さんは相槌を打ったり、時には質問したり、それはもう楽しそうに聞いてくれるので、こちらとしても話しがいがあるというものだ。
しかし上嶋さんの家まであと百メートルほどのところで、突然彼女の口数が少なくなる。
「あっ、ごめん。俺、喋りすぎた? つまらなかったら言ってね……」
「いえ、柚木先輩の話は凄く面白くて為になるんですけど……。何だかわたし、後ろから視線を感じるような気がするんです」
「視線?」
誰かにつけられているということだろうか?
上嶋さんは前を向いたまま、ポーチから手鏡をそっと取り出した。そして二つに折りたたまれたそれを、ゆっくりと開く。
「どう?」
残念ながら、俺は手鏡を持っていないので後ろの様子が分からない。
上島さんは、難しそうな表情をしている。
「一瞬影が見えたような……気がします。でもすぐに消えてしまったので、もしかしたら気の所為かもしれません」
そのまま上嶋さんは後ろを振り返った。つられて俺も振り返る。視界に入ったのは数本の電柱と、両脇に並ぶ家々のみ。
「少なくとも今は誰もいなさそうだね」
「そうですね……。やっぱり気の所為でしょうか?」
「う~ん。どうだろう……」
俺は人影すら見ていないのでなんとも言えない。
そんな風に悩んでいるうちに、俺たちは、あっという間に上嶋さんの家の前に到着した。
「今日はお見送りありがとうございます」
「いやいや、全然良いって。それよりも、さっきの少し気になるね……」
「そう……ですね」
俺の言葉に上嶋さんは小さくうなずいた。
「最近は物騒だから。上嶋さんも気をつけて。じゃあまた明日ね」
「ええ、また明日……」
結局、視線の正体は分からずじまいのまま俺たちは別れたのだった。
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