第10話
「それではこれから、YouTuberとしてデビューするための第一回作戦会議を始めます」
俺の宣言に、目の前の上嶋さんは小さく拍手する。
本日は土曜日。普段なら家でゴロゴロしている所だが、今日は違う。近所のカフェで上嶋さんと待ち合わせをしていた。これからのYouTubeでの活動について話し合うためだ。
カフェは訪れる度にそれなりの金額が飛んでいくので、本当はお金のかからない場所で集合したい。しかし、他にあまり候補が思い浮かばなかったので、結局カフェに落ち着いた。一応今回は事前にネットで下調べしておいて、前回よりも少しだけ価格帯の安い所を選んでいる。それでもコーヒー一杯で三百円くらいはするが……。
今日の上嶋さんは、ベージュ色のロングスカートに紺色のトップスという秋らしい装いをしていた。穏やかな時間が流れるカフェの雰囲気によく合っている。高一には見えないくらい大人びた雰囲気をまとっていた。相変わらずコーヒーに大量のミルクと砂糖を入れている所だけは子どもっぽいけれど。
「まずはチャンネル名を決めよう」
カフェ代を無駄にしないためにも、俺は早速話を切り出した。
「チャンネル名って……なんですか?」
上嶋さんは可愛らしく首を傾げる。
「チャンネル名ってのは……YouTube上でのニックネームみたいなものかな。例えばこんな感じ」
俺は自分のスマホをテーブルの上に置いて、いくつかのYouTuberのチャンネル名を次々に表示させた。二人で小さな画面を、頭を突き出し合いながら覗き込む。
不意に上嶋さんから、蜂蜜のように甘くて、それでいてミルクのようにまろやかな香りが漂ってきた。慣れないことに、少し肩がこわばる。その緊張を悟られないように俺は話を続けた。
「チャンネル名はどのYouTuberも本当に多種多様だから自由に決めていいと思う。強いて言うなら、皆に覚えてもらえそうないい感じの語感だとありがたいんだけど……」
どんな名前が良いだろうか?
《上嶋彩のバイオリンチャンネル》という案も思いついたが、一瞬で却下する。インパクトに欠ける上に、インターネット上に本名を公開するリスクは高すぎる。
何か上嶋さんに関連していて、かつインパクトのあるワードはないだろうか?
『実はわたし……余命六四〇年なんです』
上嶋さんが以前言っていたセリフが脳内で再生される。インパクトだけで言えば、これは十分すぎるほどだ。
「そういえば上嶋さん、この前、余命が六四〇年だとか言ってたよね? だから《余命六四〇年チャンネル》なんてどうかな」
その瞬間、上嶋さんの肩がビクッと震えた。
「す、すみません。あの時はちょっとどうかしてて……。冗談なので、あのことは忘れてください!」
顔を真っ赤にさせ、両手を前に突き出しながら上島さんは全力で首を横に振る。あまりあの時のことは掘り返してほしくなさそうな様子だ。なので、俺も大人しく引き下がることにした。
「こっちも半分冗談だから大丈夫だよ……。第一、余命六四〇年チャンネルって語呂が悪すぎるし」
他には何があるだろうか?
必死で上嶋さんについて考えていたら、俺は少し気になっていたことを一つ思い出した。
「そういえば、ちょっと話は逸れちゃうんだけどさ……。上嶋さんのLINEのトプ画ってどうしてプリンなの?」
この前LINEの友達リストに、急にプリンのアイコンが追加されたのだ。一瞬、千春がトプ画を変更したのかと思ったが、実際は上嶋さんのアカウントだった。ちなみに今の千春のトプ画はテニスをしている自分の姿、俺のトプ画は天の川の写真だ。
「実はわたし、プリンが好きなんです」
「やっぱり? そうじゃないかと思ったんだ。実はうちの妹もプリン好きなんだよ。間違いなく一日一個以上は食べてる」
俺の発言を聞いて、上嶋さんは興味津々な様子で顔を上げた。
「そうなんですか? わたし以外にも、そんなプリン好きがいたんですね! 是非一度、お会いしてみたいです」
上嶋さんと千春にそんな共通点があったとは驚きだ。プリンは俺が思っている以上に偉大なデザートなのかもしれない。
それならいっそ……。
「《プリンチャンネル》とかどう?」
上嶋さんの特徴がよく現れている上に、語感も悪くない。
「プリンチャンネルですか?」
しかしながら彼女の表情は芳しくなかった。
あれっ? 我ながら結構いい案だと思ったんだけど……。
「もしかして嫌だった?」
その言葉に、上嶋さんは首を横に振る。
「いえ、そういうわけじゃないです。凄く良いと思います」
けれど相変わらず表情は晴れないままだ。このまま俺の独断でチャンネル名を決めるのは良くない気がする。
「どんな些細なことでもいいから、もしも思うことがあるなら言ってほしいかな。これは俺のチャンネルじゃなくて、上嶋さんのチャンネルなんだからさ」
しばらくして上嶋さんは、遠慮がちな様子でゆっくり口を開いた。
「その……プリンチャンネルだと、わたしの要素しか入ってないですよね? このチャンネルはわたしだけのものじゃなくて、わたしと柚木先輩、二人のものなんですから、先輩の要素も入れたほうが良いんじゃないかと思って……」
そういう考え方もあるのか……。
俺は自分に欠けていた発想に気付かされた。
「でも基本的に俺は撮影したり、動画をアップしたりするだけで、実際に画面に映るのは上嶋さんだけだよ? それなのに俺の要素も入れちゃって、上嶋さんは迷惑じゃないの?」
俺の要素なんて邪魔なだけだと思うんだが……。
「全然迷惑なんかじゃありません。柚木先輩がアシストしてくれると言ってくれたからこそ、わたしはYouTuberになろうと思ったんです」
彼女の真っ直ぐで熱い視線が俺を射抜く。そこには強い意思が感じられた。
「分かった。俺の要素も入れよう」
だから俺は彼女の提案を受け入れることにした。
しかし具体的にはどうすれば良い?
自分自身のことを客観的に見るのは意外に難しい。俺は頭を悩ませていた。
「《ゆずプリンチャンネル》なんてどうですか?」
上島さんから助け舟が出される。
「ゆずプリンチャンネル?」
口に出してみると、かなり良い語感だった。
「先輩の名字の柚木から取ってみたんですけど……」
「採用! これにしよう!」
俺は忘れないようにスマホを取り出すと、予め作っておいたアカウントに早速チャンネル名を登録した。いざ決まってみると、これしか無いと思えるほどしっくり来る。
「ちなみに柚子プリンって実際にあるの?」
「わたしは食べたことないです……。でも、いつか食べてみたいですね!」
今日一番テンションの高い様子で、上嶋さんはその瞳を輝かせていた。
「さて、チャンネル名も決まったことだし、あとは動画を撮るだけだ。一発目は俺たちのチャンネルの概要を説明する動画にするつもりだけど、上嶋さんはどう思う?」
「ええ、良いと思います」
「オッケー。じゃあ早速なんだけど、今日撮影しても大丈夫? もしも服装とかが気になるようなら明日にするけど……」
「……服装?」
両手を軽く伸ばして、ポカンとした様子で上嶋さんは自分の全身を眺めていた。しばらくして慌てたように、手ぐしで前髪を整え始める。
「そ、そういえば、わたし、動画に映るんでしたね……。すみません、初めての経験なのでまだあんまりイメージ出来てなくて……。でも、服装は多分大丈夫です」
「良かった。じゃあすぐにでも撮影していきたいけど、流石にここじゃ無理だよね……」
「そうですね……」
店内は多くのお客さん達で溢れていた。
「どこで撮影しようか……」
よく考えてみると、落ち着いて撮影できる場所というのは意外に少ないことに気付かされる。
「いつもの草原、公園、河川敷……、あとはお互いの家くらいかな。上嶋さんはどこか希望の場所とかある?」
「もし迷惑でなければ……柚木先輩の家にお邪魔してもいいですか?」
えっ、マジ?
俺は内心、かなり驚いていた。選択肢には挙げてみたものの、まさか本当に俺の家が選ばれるとは思っていなかったのだ。
「あぁ……うん、俺は大丈夫。でもどうして?」
「誰かに撮影している所を見られるのは、ちょっと恥ずかしいなって……。夜ならあまり人もいませんけど、休日の昼間ならたくさん人がいてもおかしくないので……」
なるほど。確かにそれは一理ある。
「分かった。じゃあ俺の部屋で撮影しようか。ただ、普通に家族は家にいると思うけどそれでもいい?」
「問題ありません。むしろプリン好きの妹さんには、一度お会いしてみたかったので」
完全に予定外のことではあったが、こうして俺は上嶋さんと一緒に家へ向かうこととなったのだった。
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