第9話
「YouTuberになる方法を詳しく教えてくれ」
俺が突然切り出した一言に、高貴は目を丸くさせていた。
学校からの帰り道。夕日に照らされながら、俺たちは久々に肩を並べて歩いている。
「すまん、部活終わりで疲れているみたいだ。もう一度、言ってくれないか?」
高貴は右手で頭を抑えていた。俺は間髪を入れず、一言一句同じセリフを繰り返す。
「YouTuberになる方法を詳しく教えてくれ」
聞き間違いでないことを理解した高貴は、その場で足を止めて、たっぷり十秒ほど固まってからようやく口を開いた。
「一体何があったんだ?」
これほど驚きに満ちた表情をする高貴を見るのは初めてだ。どちらかと言うと普段は、こいつが俺をビックリさせることの方が多い。
「まあ、色々あったんだよ」
「色々ってなんだよ、色々って! この一週間で心変わりしすぎだろ!」
高貴は俺に詰め寄る。
「そんなに驚くことないだろ。『そんなんだと時代に置いていかれるぞ!』って言ったのはお前だろ? だから置いてかれないようにYouTubeを始めようと思ったんだよ」
「そりゃそうだけど、まさかいきなりYouTuberになるとは……。QR決済だってタピオカだって、今まで何を勧めても見向きもしなかったお前がだぞ?」
確かに高貴の言うことは一理ある。一週間前の自分に、今の状況を伝えても絶対に信じないだろう。
「安心しろ。YouTuberになるって言っても、俺がなるわけじゃないから。ちょっとした知り合いがYouTuberになるから、俺はその手伝いをするだけだって」
「何だそれ?」
高貴は眉間にシワを寄せる。
「細かいことは気にするなって。それがお前の唯一の長所だろ?」
冗談めかして俺は言う。
「まあ確かに。小さなことにこだわらないのは俺の長所……。ってお前今、唯一って言ったか?」
スクールバックで俺は横っ腹を殴られた。
しばらくの間、俺たちは小競り合いを続けていたが、その後、何だかんだで高貴は、道中、YouTubeについて色々とレクチャーしてくれた。
こう見えて、意外にこいつは面倒見が良い。
「まあ俺の知っていることはざっとこんなもんだ」
「サンキュー。マジで助かる」
俺は自販機でコーンポタージュを二つ購入すると、一つを高貴に向かって投げた。「熱っつ!」なんて言いながら、あいつは一人でお手玉の真似事をしている。
「まあとにかく、色々な動画を見て勉強しろよ? お前は今までYouTubeと縁のない人生を送ってきたんだからさ」
「分かってるって」
俺たちはコーンポタージュを飲みながら、何となく空を見上げた。まだ夕方なので、ベテルギウスは地平線から顔を出していない。橙色に染まった雲が、ゆっくり流れている。
「ごちそうさま」
ついさっきまで熱さで右往左往していた割に、早々に缶を空にした高貴は、近くのゴミ箱に向かってそれを投げた。緩やかな放物線を描いて、ど真ん中へ吸い込まれてゆく。流石バスケ部。
「お前もやってみろよ」
高貴は俺に無茶を言ってきた。
「どうせ入らねえって」
ゴミ箱までは、かなりの距離がある。
「そう言わずにさ!」
あまり気は進まないが、高貴がしつこいので、俺も缶を放り投げた。
軽く息を吐いてから放った缶は、縁の部分に直撃して、カン! という鋭い音を響かせる。それから内側へと吸い込まれていった。
「マジかよ、入った……」
俺は驚きのあまり声を上げる。
「ほらな? 何事もやってみないと分かんないだろ?」
隣では高貴がなぜか得意げな顔をして立っていた。
「まあ頑張れよ、応援してるぜ」
高貴は俺の肩を力強く叩く。
「ああ。サンキュ」
いつの間にか家のすぐ近くの交差点に着いていたので、そこで俺は高貴と別れた。
こいつと話している時間も、意外といい暇つぶしになるな……。
そんなことを考えながら、俺はいつもより少しだけ軽い足取りで帰宅したのだった。
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