第4話
衝撃的な演奏から一夜が明けた。
本当はもっと余韻に浸りたい気分だったが、現実は容赦ない。眠い目をこすりながら、俺はいつものように登校していた。
「おーっす、陽斗(あきと)おはよう」
「ああ、おはよう」
何人かのクラスメイトと挨拶しながら、俺は自分の座席に向かう。
「なあなあ陽斗、聞いてくれよ!」
座席に腰を下ろした途端、暑苦しい奴が俺の側に寄ってきた。クラスメイトの平瀬(ひらせ)高貴(こうき)だ。特徴は長身、短髪、声がでかい。あとはバスケ部に所属している。
「何だよ高貴……。俺は眠いんだ」
昨夜は興奮でなかなか寝付けなかったのだ。しかし高貴は、そんな俺の様子を気にもせずにまくしたてる。
「いや、昨日の話なんだけどな? 俺、仰向けになってスマホでYouTube見てたんだよ。そしたら段々眠くなってきてさ~。それでも見てた動画が終わるまでは何とか起きていよう! って思って頑張ってたんだけど、ダメだったんだよな~。ついウトウトして、スマホを握ってた手が緩んじゃって、顔に落っこちてきたんだよ。んで、スマホの角の部分が鼻に直撃! 鼻血が出てきてさ、本当に大変だったんだぜ?」
わざわざ俺の近くに駆け寄って話すから、何か重大ニュースでもあるのかと思いきや、どうでも良い話だった。まあ、いつものことだけど。
「そうか、つまりお前が馬鹿だったってことだな?」
「相変わらずお前は辛辣だな~! 言っとくけど俺、結構反射神経には自信あるんだぜ? 音ゲーだって得意だし、今まではスマホが落ちてきても神がかり的な反応で避けてたし……。直撃したのは、昨日が初めてなんだって!」
高貴は俺の軽口にも全く怯む様子がない。こいつはそういう奴なのだ。なんだかんだで、俺がクラスで一番仲良くしているのもこいつだ。思ったことをすぐ口に出してしまう俺と、何を言われても平気な顔で受け流す高貴の相性は悪くない。
「そもそも寝っ転がってスマホをいじっているのが問題なんだろ……」
「そりゃそうだけどさ……。ベッドの上で眠くなる限界までYouTubeを見てるのって至福の時間なんだよ! お前も分かるだろ?」
「いや分かんねえよ。YouTubeとかあんまり見ないし」
俺の発言に、高貴は目を大きく見開いて身をのけぞらせた。リアクションがいちいち大げさだ。
「マジかよ……。あぁでも、そういやお前、そういう奴だったな。でも、この幸せが分からないなんて人生損してるぞ?」
そう言って高貴はポケットからスマホを取り出すと、スイスイといじり始めた。
「ほら、これがYouTubeだ。お前も見てみろよ」
高貴は自分のスマホを俺に向かって突き出してくる。仕方ないので俺は、その画面を覗き込んだ。
「何だよこれ。ゲーム実況? とかいうやつの動画ばっかりじゃねえか」
どれだけ画面をスワイプしても、似たような動画ばかりが出てくる。
「あ~、それは俺がゲーム実況の動画ばっか見てるからだな……。なら急上昇ランキングでも見てみるか……」
高貴が画面下のボタンをタップすると、表示される動画のジャンルがガラリと変わる。
「これが今、日本中の皆が見てる動画の一覧だぞ」
俺は表示された動画のタイトルに一通り目を走らせる。
《【超美味】ベテルギウスジュースを作ってみた》
《ベテルギウスを爆発させてみたドッキリwww》
《ベテルギウスのガンマ線バーストで地球滅亡? 回避方法を教えます!》
《令和の奇跡! ベテルギウスの下で大食いしてみた!》
「……なんだこれ」
似たようなタイトルの動画ばかりじゃないか。
「そりゃまあ、今はベテルギウスの何とか爆発……だっけか? で世間は大盛りあがりだからな。なんてったって数千年だか数万年だかに一度の奇跡だぜ? そりゃ人気動画の一覧がベテルギウス一色になるのも当たり前だろ?」
「何とか爆発じゃなくて、超新星爆発な。はぁ……。こんなところにまでベテルギウスフィーバーの影響が出てるのか」
「どうした? 何か不満なのか?」
不思議そうな表情で高貴は俺の顔を覗き込んでくる。
さて、どう説明しようか……。
「何ていうか……奇跡、奇跡って皆が騒いでるのが気に入らないんだよな……」
「でも実際奇跡なんだろ? テレビでも学者だか教授だかが言ってたぜ? こんなことはもう当分無いだろうって」
「確かにそうなんだけどさ、それって俺たちの運がただ単に良かったってだけの話だろ? 奇跡っていうのは間違っているような気がするんだよ」
奇跡って言葉は、そんなに安っぽいものでは無いと俺は思っている。じゃあどんなものか説明しろと言われても困ってしまうが……。
さて俺の考えは高貴に伝わっただろうか?
「あぁ、分かった! つまりお前は、にわか天文ファンが増えたのが嫌なんだな? お前、星についてはやたらと詳しいもんな」
どうやら伝わっていないようだ。
「別にそれは嫌ってわけでも無いんだけどな。空を見上げる人が増えるのは悪くないことだし。嫌なのは、皆が大げさに騒ぎすぎてることっていうか……」
俺の説明に、高貴はますます困惑した表情を浮かべる。
「あ~、もう分からん! お前が面倒な性格だってことは良く分かったぜ!」
遂に理解を諦めたようだ。こいつはこういう時の切り替えも早い。
「まあとにかく! YouTubeは最高だからお前も見てみろって! あそこにはどんな動画だってあるぞ? 絶対、神ってる動画にだって出会えるから! 俺の場合、それがゲーム実況だったんだけどな」
「はいはい、気が向いたらな」
高貴の熱弁を聞き流しながら、俺は適当に返事する。それが不満だったようで、高貴は唇を尖らせる。
「その返事、絶対見る気ないだろ! お前なぁ、まずは一歩新しいものに踏み出してみろって。YouTubeには無限の可能性があるんだからな? 見ているだけでも楽しいし、逆に自分で動画を投稿することだって出来るんだ。お前だって、その気になれば明日からYouTuberになれるんだぞ? この凄さが分からないのか?」
「いや、そりゃ凄いとは思うけど……」
確かに、個人の動画を全世界に向かって発信できるなんて一昔前までは考えられなかったことだろう。使い方によっては、YouTubeは物凄い可能性を秘めているツールだと思う。
けれど……
俺は知っている。どうせYouTubeを上手く使いこなせるのも才能がある人間だけだということを。俺がYouTuberになったとしても、動画が再生されるとは到底思えない。
「そんなんだと時代に置いていかれるぞ!」
何故か俺は一喝される。
「そういう高貴だって、《神ってる》とか随分と昔の言葉を使ってるじゃねえか。確かそれ、数年前の流行語大賞だろ? どうやらお前も時代に取り残されているみたいだな」
一方的に言われっぱなしも悔しいので、俺はささやかな反撃を試みた。最新のトレンドを追い回すのが好きな高貴には結構効くだろう。
「お前っ……神ってるはまだ古くないだろ! ってか他に言いようが無いじゃないか!」
予想通り、高貴は顔を赤くさせながらまくしたてた。
「そんなの知るかよ。今はベテルギウスブームなんだから、ベ……」
途中まで言いかけて、俺は口をつぐんむ。
「べ? 何だよ、続きを聞かせろよ」
「やっぱなんでも無い」
「おい、ここまで聞かせといてそれはないだろ~!」
高貴はベチンと俺の背中を叩く。ちょっと痛い。
本当は「《ベテルギってる》とか良いんじゃないか?」と言おうとしたのだ。特に深い考えはない。ベテルギウスと神ってるを組み合わせて出来た造語だ。
だが俺は直前で気がついた。もしも俺がそう言ったら、高貴の性格から考えて、これから《ベテルギってる》という単語を使いまくるに決まってる。当然、周りの奴らはそんな単語知らないから、誰が考えたのか聞くだろう。その時に、発案者は俺だと言いふらされるのはごめんだ。俺のような人間が悪目立ちしても良いことなんて一つもない。
だから俺は、朝のホームルームが始まるまで、散々高貴に口を割らされそうになったが何とか耐えきった。
よくやった、俺。
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