第5話 華氏-451度~レイ・ブラッドベリ『華氏451度』オマージュ作
――いったいどれだけの<作品>が、まだ読むことができる状態なのだろう。
当初、地下451層の施設の全壁に取り付けられた棚いっぱいに整然と収められていた本は、今や半分くらいはグズグズに形を崩し、その奇怪で醜悪な姿をさらしながら、静かなる風化を待っているように見える。
しかし、それが叶うことはないだろう。アイツらが出現する頻度は、どんどん高くなってきているから。
21世紀、<表現の自由戦士>たちにより、どんな下劣なポルノでも排除できず、書籍としてとどめておく価値のあるものとして<書籍保護法>が成立した。
とはいえ、表現の自由とともに<見ない権利>も保証されていたので、結果として、制作された書籍のほとんどは、<保護書籍>としてこの地下倉庫に貯めこまれるようになったのだ。
もちろん、ごく一部の売れそうな書籍は、いまや大都市でも数件となってしまった書店に運ばれ、販売される。しかし、数としては、製造されてすぐにここに運ばれる本の方が圧倒的に多いのだ。
書店にない本を求めて時折ここを訪れる人たちも、あまりの量に圧倒されて、選ぶことすらせずに帰っていく。書籍の貯蔵量と施設の巨大さが解る
ここはもう、本を選ぶため、読むための施設ではなく、ただの<刊行名所>だ。
誰も読みもしないのに作られ、保存だけはされる、たくさんの本。それらを仕舞い込む無意味な地下倉庫は肥大し続け、とうとうアレが生まれた。
ほら、怨嗟の声が聞こえ始めた。
私はヘルメットをかぶり、真鍮に特殊カバーを付けた放射機を手にする。
「なぜ読まれないんだ」
「俺はこんなに頑張っているのに」
「俺の芸術は迫害されている」
自称・作家たちの
今日のは、さほど大きくはない。高さ5メートル級の、ぶよぶよとした人型だ。
放射機のトリガーに指をかける。
液体ヘリウムを特殊な方法で加工した<凍結剤>が噴射される。
<書霊>への正しい対処法が解らなかった最初のうちは、銃火器などで対応しようとして、悲惨な結果を招いた。本だけが燃え、奴らにはほとんどダメージを与えられなかったのだ。炎上して、むしろ元気になる書霊もいたほどだ。
書霊は、華氏-451度で凍らせることができるとわかってから、今のような装備が開発され、書籍保護管がそれを操るようになった。
私が放った凍結剤は、書霊の足に当たった。身動きが取れなくなった書霊は、それでも暴れ続ける。手を振り回し、壁の棚に収められたライバルたちの作品を手にかけようとする。私はその胴体、肩、腕、頭部と順に凍結させていった。
ひさしの深い防護ヘルメットをちょいと上に上げ、凍り付いた巨像を見上げる。次第に、その身体が自重に耐え切れず、形が崩れていく。破片が宙に舞い散る。ひらひらと、ふわふわと、無軌道に空を泳ぎ、流され、飛ばされる欠片は、まるで紅蓮の炎に焼かれて蝶のように舞い踊る紙の残滓のようだ。
ああ、こいつらがその物量で押しのけてしまった過去の名作にそっくりだ――私は心の中で呟く。
私のヘルメットには、「-451」と描かれている。ただの懐古趣味、あるいは未練か。
いや、私なりのオマージュなのだ。失われた文芸に対しての。
(終わり)
★元ネタについて
物理的に本を焼く、というインパクトのために、一部の表現の自由の戦士に間違った引用をされたりしていますが、元ネタである『華氏451度』の世界では、エロやコミックは焼かれません。口当たりのいい情報に洗脳されている社会を風刺しているので、純文学だけが焼かれています。
5分くらいで読んだ気になれる文学名作パスティーシュ? あるいはパロディ集? 黒井真(くろいまこと) @kakuyomist
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