第2話 社畜工場~ジョージ・オーウェル『動物農場』オマージュ作

※注意※

このエピソードはブラック企業描写がてんこ盛りです。人によっては気分が悪くなるかもしれません。あと、この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。



(1)

 名菜めいな株式会社のオーナー社長である名菜めいな氏は、今日も出社せず、酒を飲んでマンガを読み、家でゴロゴロしていました。親から受け継いだ会社の社長になったはいいのですが、本人は、それをありがたいとも思わず、社員への感謝もねぎらいの気持ちもなく、ただ毎日、社員たちが汗水流して稼いだ金の上前をハネて優雅に二代目社長という肩書を謳歌して給料泥棒のニートライフを送っていたのです。

 社員たちは、この状況に不満を持っていましたが、どうすればいいのかわかりませんでした。


 そんななか、明治さんという古参の役員が退職前の送別会でこのような挨拶をしました。


「私がこの会社で働くことができるのも、あと数日です。最後に、この老兵から伝えておきたいことを、お話申し上げたい。

 それは、この会社の態勢についてです。我々はみな、社員全員の利益のため、お互いの信頼に報いるために、日々業務にいそしんでおります。開発部は知恵を絞り、生産部は商品を作り出し、総務部は社員の福利厚生に心血を注ぐ――。

 しかし、ある一人だけは何も生み出していないのです。そいつは、会社の代表として存在するだけで、各段何も生み出してはいないのです。しかし、我々のなかの誰よりも高額な給料をぶんどっている。

 みなさん、我々労働者は、経営者のコマではない! 誇りを持って、我々自身の権利を主張してよいのです!」


 社員たちはみな、その内容に感動しました。それから数日間、社員たちの顔は明るく晴れやかなものでした。


(2)

 それから三日後、明治さんは会社を勇退しました。

 その後、彼の意思を受け継ぎ、組合というものを作り、積極的に会社を変える必要性を説いていたのが、雪丸ゆきまるさん、名保なぽさん、鳴尾なるおさんの三人の社員でした。


 ある日、社長の使い込みのために社員の給料が止まりそうになりました。そのことがきっかけで、雪丸ゆきまるさんが経理の書類を調べたところ、社長の悪事が発覚したのです。それを問い詰めた雪丸さんは、社長とのやりとりを録音し、その音声データをネットにアップしました。それが、偶然にも有名な社会学者の手によりSNSで拡散され、炎上、社長は辞任することになったのです。


 この一件は、ネットで話題になった後、主要メディアにも注目され、いくつかのテレビ番組や雑誌社が会社に取材を申し込んできました。

 その対応には、組合の役員である雪丸ゆきまるさん、名保なぽさん、鳴尾なるおさんの三人の役員があたりました。この三人が、一番うまく取材をこなすことができたからです。


 実は、テレビ出演したり雑誌の取材を受けたりした際に、「お足代」として現金や、ちょっとしたお礼の品を受け取ったのですが、それらは三人がそっと持ち帰り、ほかの社員たちには受け取ったことすら知らされませんでした。


(3)

 しばらくすると、雪丸ゆきまるさんと名保なぽさんの仲が悪いという噂が立ちました。

 噂の原因は、新たに始まった社内研修でした。

 新人事により、鳴尾なるおさんが人事部長となり、直属の部下として総務だった羊田さんを、社内研修と社内報の担当者として任命し、社内研修に力を入れ始めたのです。

 そして、名保なぽさんがスピーカーとなり、「労働は尊い」、「創造性の発揮」、「自主性の尊重」を社訓とし、根性論的な社内研修を始めたのです。

 また、イノベーション、チェンジメーカー、SWOT分析、AIDMAアイドマなどの、イケイケIT起業家が好きそうな最新ビジネスワードを交えた演説を、毎日、社員の前で披露しました。

 ほとんどの社員には、ちんぷんかんぷんでした。けれども、羊田さんが「あれって●経でも取り上げられていた内容だよ」とか「ビル・●イツも実践しているらしいよ」などと触れ回ったので、「名保なぽさんってなんだかスゴイんじゃない?」的な雰囲気だけは盛り上がったのです。


(4)

 さて、前社長はどうなったかというと、社長職は辞任しましたが、オーナーだったので、会社の株は持っていました。なので、ほとぼりの冷めた頃、株主としての権限で、また社長に返り咲くことを目論んでいたのです。


 しかし、この目論見は、役員会で跳ね除けられました。前社長は、経営コンサルタントや弁護士まで引き連れて会社に乗り込んできたのですが、役員たちに「経営方針は?」「この業界でのこの会社の位置づけについて将来のビジョンは?」「社会にどのように貢献していきたいと?」と畳みかけられて何も言えず、結局すごすごと会社を後にしました。


(5)

 雪丸ゆきまるさんと名保なぽさんの対立が、決定的なものになりました。原因は、新規に開発する製品です。雪丸ゆきまるさんは、SNS映えする、まだ日本では知られていない外国の素敵なお菓子を売り出そうと計画していました。しかし、名保なぽさんは難色を示します。

 雪丸ゆきまるさんは、もともと開発畑の有能な社員でした。一方、名保なぽさんは入社してからずっと営業一筋。考え方の違う二人の溝は埋まりません。


 車内の雰囲気はだんだんギスギスしてきました。そんな空気を察して、真っ先に逃げ出したのは、社内で最も有給消化率の高い社員、森井もりいさんです。愛社精神などない彼女は、転職サイトを利用して、さっさと条件のいい会社へと転職したのでした。


 ある日、決定的な出来事が起こりました。名保なぽさんが、勝手にIDカードを使ったセキュリティシステムを導入し、雪丸ゆきまるさんを開発の現場に入れないようにしてしまったのです。こうして雪丸ゆきまるさんは会社から追い出されてしまったのです。


(6)

 雪丸ゆきまるさんが去った後、会社では、新製品を開発するよりも既存商品に力を入れようと無理な増産をするようになりました。工場は24時間操業し、社員たちは無理なシフトを組まされ、毎日サービス残業です。そうして低価格で商品を量産し、無理やりに売り上げを上げるのです。


 社員たちはみなくたくたですが、根性論で頑張る工場長の箱守はこもりさんが一番悲惨です。目の下にはクマが出き、青白い顔でふらふらになりながら毎日仕事をしています。「私たちは、明治さんが言ったような、誇りをもって働ける理想の会社を目指すのだ」と言いながら。


 工場で箱守さんを筆頭に社員たちが必死になって働いている一方、本社ではある変化がありました。ずっと、誰も使っていなかった社長室に、いつのまにか名保なぽさんと鳴尾なるおさんが入り浸るようになり、そこでコソコソと会議をするようになっていたのです。


 そんなある日、実は秘密裡に進められていた新製品の情報が盗まれた、という噂が社内を駆け巡りました。どうも、会社を追い出された雪丸ゆきまるさんが犯人だ、ということらしいのです。


(7)

 箱守工場長の努力も虚しく、会社の製品が売れなくなりました。コロナで景気が悪化したためです。

 経営赤字を埋めるため、仕方なく、既存製品の特許や製法を他社に売却しました。また、下請けとして大手流通のプライベート・ブランド製品を低価格で生産したりもしました。


 名菜めいなの名前の入った自社製品を作ることにプライドを持っていた製造現場の人たちはそのことを不満に思いました。が、それを口に出した人たちはひどい目にあったのです。

 まず、総務から呼び出しを受け、会議室に軟禁されて詰問を受けます。そして仕事は取り上げられ、最後にはこんな社内メールが流れます。「雪丸ゆきまるさんはライバル会社に転職し、この会社の情報を流しています。ついては、その共犯者である〇×部の××も懲戒解雇としました」。

 しかし、実はこれ、体のいいリストラだったのです。


 メールは、何度も何度も総務部から繰り返し送られてきて、社員たちはその都度震えあがりました。


(8)

 さて、社員が減った名菜めいな株式会社では、さらに厳しい労働条件で、社員が酷使されていました。みな不平不満が募っていますが、それを口には出しません。メンタルを病むまで嫌がらせされたり、懲戒解雇など、恐ろしい仕打ちが待っているからです。


 名保なぽさんは、悪い空気を払拭しようと、新しい社訓をの毎日斉唱することにしました。しかし、社員たちはますますげんなりしていきます。


 そんな中、会社肝入りの新製品がとうとう完成しました。しかし、ライバル会社による悪評ネガティブ・キャンペーン名菜めいな株式会社はブラック企業だから製品を買うな! 倫理的エシカルな買い物をしよう!>のせいで売れ行きが悪く、すぐに終売になりました。


 それでも、名保なぽさんたちはご機嫌でした。なぜなら、下請けからの賄賂キックバックと接待を受けていたからです。


(9)

 しかし、会社の経営状態は悪化の一途を辿っています。名保なぽさんは、今度は製品の権利ではなく、工場そのものを売却しようと言い出します。


 箱守工場長は、「そんなことはできない」と言いますが、名保なぽさんは「いやいや。時代は厳しいのだ。製品の製造効率を上げて、売り上げを上げなければ工場どころか会社自体が立ちいかなくなる」と言うのです。箱守工場長は、それでも「私がなんとかします」と言って働きづめに働きました。


 が、ある日、仕事中に「うっ」と呻いて倒れてしまいます。そして、それきりでした。直近の月間総労働時間は500時間越えでした。誰がどうみても過労死です。


 しかし、会社からは労災はおりませんでした。そして、工場は売却されました。


(10)

 箱守工場長の死から半年後――名菜めいな株式会社の大会議室には、たくさんのお客様が来ていました。株主です。株主総会が行われたのです。


 実は、名保なぽさんや鳴尾なるおさんたち役員は、銀行を巧みに説き伏せて資金調達をし、決算書の数字を水増しして、上場すると同時にストックオプションでたんまり儲けていたのです! あろうことか、かつてのオーナー社長で現大株主である、名菜めいな氏とともに!


 そして、記念すべき第一回株主総会の後、名保なぽさんは社員たに向けてこう演説しました。「これからは社会と株主の利益のために働かねばならない」と。


 社員たちの目には、その名保なぽさんの姿は、かつてのオーナー社長である名菜めいな氏とそっくり過ぎて、見分けがつかなくなっていました。




★元ネタについて

 元ネタ小説は、『1984年』で有名なジョージ・オーウェルのもう一つの代表作『動物農場』。

 原作で風刺されているのは、社会主義の堕落。動物たちを主人公にすることで、まるで童話のように、その分余計にシニカルに描かれていて面白いです。

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