5分くらいで読んだ気になれる文学名作パスティーシュ? あるいはパロディ集?

黒井真(くろいまこと)

第1話 整形~芥川龍之介『鼻』オマージュ作

 りりかは鏡を見て溜め息をついた。


 日本全国から巨乳でかわいい子を集めたという触れ込みの、人気アイドルグループ「全地域90ナインティオーバー・グラビア・アイドルズ」略して「ゼンチナイグ」のセンターポジションで活躍する、若者に大人気のアイドル――佐々木りりか。


 小柄で細見、それでいてバスト・サイズは90オーバー、リスのような小顔に、くりっとした黒目がちの大きな目、ポニーテールが良く似合う、まさにアイドルの王道を行くようなビジュアル。


 しかし、りりかは自身のビジュアルで一点だけ気になることがあった。鼻が大きいのだ。のみならず、そのてっぺんは丸く、小鼻は横に張り出し、非常に不格好なのである。

 ファンは親しみを込めて「ブーちゃん」などと呼ぶが、それは実際のところ、りりかの自尊心を大いに損ねている。


 グラビア撮影では顔の角度を気にし、鼻を小さくはするが、しすぎない絶妙なバランスの修正を要求した。


 メイクも研究した。鼻の両サイドにしっかりとノーズシャドーを入れて、少しでも鼻筋を細く、鼻を高く見せるように入念に顔を作り込んだ。


 表情も研究した。口を一杯に広げる、一般的なアイドル的笑顔は鼻が横に広がるので、いわゆるアヒル口をさらにすぼめたような、あまり鼻が横に広がらず、それでいて可愛く見える表情を毎日鏡の前で練習した。


 それでも、当然ながら鼻が小さくなることはなかった。


 りりかは、徐々にほかのアイドルの鼻を気にするようになった。


 アイドルNの形の良い、小さな鼻。

 女優Yのすっと鼻筋の通った鼻。

 モデルEのまるで西洋人のような先細の高い鼻。


 それらを見るほどに、りりかのプライドは傷つき、自己嫌悪の念は募り、とうとうある日、我慢できなくなって整形を決意した。


 事務所には体調悪化のためと称して2週間程度の休みを要求し、鼻にシリコンプロテーゼを入れ、広がった小鼻を切り取る手術を受けた。


 手術後の腫れが引いた顔を見て、りりかは満足だった。

 アイドルNや女優Yほどではないにしても、高さがあり、すっと上品に顔の中心に鎮座する鼻は、今までの大きくて丸い鼻とは比べ物にならないくらい美しいと感じた。


 手術後の腫れも順調に引いていき、二週間後、りりかは意気揚々と握手会付きライブイベントに参加した。


 果たして、ファンたちの反応は。


 りりかは、イベント終了後、すぐにネットをチェックした。


――りりか、なんか鼻小さくなった!

――顔、いじった?

――悲報! りりかが整形アイドルに

――りりか、鼻いじっててワロスwwww


 期待していたような、「可愛い」「綺麗」「美人」「尊い」「神々しい」――そんな言葉の代わりに、整形を揶揄する書き込みばかりが異常な速さで拡散していた。


 その日から、りりかのブログも、その他SNSも、整形アイドル、鼻いじりアイドル、鼻センター、顔いじった人……などの整形を揶揄するコメントばかりになった。


 ある日、バラエティ番組の収録にそれは起きた。


 顔にストッキングを被って引っ張り合う企画で、シリコンプロテーゼがずれたのだ。マネージャーの顔色が変わり、その辺に置いてある椅子や屈みこんでいたカメラマン助手の背中を文字通り飛び越えて、りりかの顔を押さえ、二人して楽屋に駆けこんだ。


 その日の夕方には、りりかは、シリコンプロテーゼを抜いてもとの鼻に戻す手術を受けた。


 手術後の腫れが引くのを待つ間、「これでもう、整形アイドルって言われなくなる」――りりかはそう思い、ほっと息をついた。




★元ネタについて

 元ネタ小説は、言わずと知れた芥川龍之介の有名な掌編、『鼻』。

 青空文庫さんで読むことができます。


 大きく不格好な鼻に悩む禅智内供ぜんちないぐが、奇妙な方法で鼻を小さくすることに成功するものの、小さくなった鼻をまた笑われて気に病む――というストーリですが、この、何がどうなっても一度貶められた人はそこから抜け出すことができないという人の世の残酷さが、この作品のテーマと言えるでしょう。

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