ひえんと明菜
沖縄。明菜は、用意された部屋に戻っていた。明菜は、独りきりだった。このあとの仕事の調整のために松田はスタッフと打ち合わせをしている。
「申し訳ございません。今日1日は休ませます」
「それはいいけど、明日からは何とかなるのかね?」
「あひるの子なんじゃないのかね?」
「そっ、そんなことは決してございません!」
あひるの子というのは、この現場では、醜いということの隠語。つまり、明菜がプロのアイドルとして仕事をしてくれるとは思えないということを主張していた。醜いアイドルというのは、ありえない。
明菜が本物かどうか。多くのスタッフの抱く疑念は、そこにあった。この日の不調の原因は本当に一時的な体調不良によるものなのだろうか。そうではなくて実力不足によるものなのではないか。多くのスタッフの答えは後者だった。
「今日のところは、申し訳ございません」
「じゃあ、一応、明日は仕事ってことでいいですね」
「はい」
「期待してますよ」
口ではそう言っているが、誰も明日が仕事だとは思っていない。早くお家に帰って家族や恋人と過ごしたいと思っていた。いい仕事になるとは思えない。
その分というわけではないが、ひえんは絶好調だった。スタッフもノリノリだった。休憩を極限まで減らして、ものすごい勢いで撮影をこなしていた。
「ひえんちゃん、今日も調子いいですね」
「はい。ぁりがとぅござぃます」
休憩中は全く冴えなかった。
松田がスタッフと話しているとき、明菜はそれを陰で聞いていた。松田が自分のことでどれだけ苦労しているかを知っていた。だからリラックスのために潮風にあたりに行こうとか、エステに行こうと言われても、生返事しかしなかった。
塞ぎ込んでしまった明菜。次への準備を全くしようとしない。松田にはそんな明菜が疎ましかった。だが、そんなタレントを励ますのも自分の仕事。明菜の不調は、松田の力不足でもある。
そう思えた分だけ、明菜よりは松田の方が少し大人だったということだ。
明菜は逡巡していた。太郎の顔が見たい。太郎に顔を見せたくない。そんな相反することを想っていた。だったら、せめて声だけでも聞きたいと思い、スマホを取り出した。だが、なにを言っていいのか分からなくて、スマホをしまった。
高校の体育館裏。
「じゃあ、テイク12。よーい、だっ!」
そのとき、岡田はまだやり直していた。岡田なりに頑張ってはいた。だが、喧嘩が原因で前歯が欠けているため、うまく発音できないときがある。
「シャン分間待ってやる!」
「カーットゥ! 噛んでどうするの、噛んで!」
そんな事情を考慮してくれるほど、桜子は大人じゃない。失敗は失敗と、容赦なくやり直しをさせる。
「す、すみません……。」
「ったく。謝って済む問題じゃないでしょう、しっかりなさい!」
岡田は遂には逃げ出してしまう。桜子はご丁寧に追いかけて回った。
「悪魔だ。この女、悪魔だっ! 助けてーっ!」
「待て待て待て待て、まーてーっ!」
どこまでも深追いする桜子だった。
そのとき、太郎のスマホが鳴った。
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久し振りの投稿となりました。お待たせ致しまして、恐縮です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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