第2章 秋葉原のアイドル

学校にて

ちょいワルトリオ

 太郎が桜子と一緒に登校するのは、半年振りのことだった。話題はもっぱら明菜について。太郎と明菜は本当は別れていない。そのことを桜子は知らない。


「タロったら、まだ明菜に未練があるの?」

「ほっといてくれよ」


「けど、ああもハッキリと別れようって言われたんじゃ、仕方ないわ」

「だから、ほうっておいてくれって!」


「ま、タロが悪いわけじゃないんだから、気にすんなって」

「頼む。本当にほっといてくれ……。」


 桜子の『気を遣っている』に見せかけた『傷口に塩をぬる』口撃が炸裂した。太郎はなるべくいつも通り受け応えをした。明菜と付き合っていることは桜子には内緒なのだ。



 学校の朝休み。いつの間にか太郎と明菜が別れたことになっていた。クラスメイトのほぼ全員がそう思っていた。理由は、登校風景。これまで明菜は必ず太郎と一緒だった。この日に限って、太郎の横にいたのは桜子だった。


 クラスのちょいワルトリオが、太郎の机を囲んだ。思い詰めた表情をしている。太郎にとって、想定内のことだった。


「強面のロウ! お前にしたらよくがんばった!」

「相手は学校で1番の天使。気にするな」

「この半年の経験を赤裸々に語りたまえ」

「ノーコメント!」


 太郎は想定通り、そう言った。このあとも全て「ノーコメント」で乗り切ってしまうつもり。だが、太郎が耐えられたのはこの1回きりだった。


「フラれた理由は?」

「やはり、強面が原因か?」

「それとも、口臭か?」

「ちっ、違うよ! フラれてないしっ!」


 太郎は口の前に手をかざし、はぁーっと息を吹きかけながらそう言った。臭いがないのに安心した。だがもう、「ノーコメント」作戦は使えない。


「ほぅ。あくまでしらをきるのか?」

「ネタはあがってんだぜ」

「今朝はクラコ師匠と登校したんだろ?」

「桜子は幼馴染で家も近い。一緒に登校しても不思議はあるまい」


 腕を組み身体を小さくする太郎。ちょいワルトリオは、男子に対してはめっぽう強い。だが、女子に対してはやたらと弱い。そんな3人が唯一はなせる女子が桜子。3人は桜子のことを師匠と呼ぶ。ちょいワルトリオはたたみかけた。


「何が原因だ?」

「別れた理由を言え!」

「あっきーな様を悲しませたんなら、許さんぞ!」

「それは……明菜に聞けよ……。」


 しゅんとしたあとで遠くを見つめる太郎。顔を見合わせるちょいワルトリオ。3人にとって明菜とお喋りをするなんてもってのほか。太郎はそれを知っててわざと明菜の名を出した。あまりの効果に太郎はほくそ笑んだ。


「聞けるわけがなかろう!」

「人間、できることとできないことがあるんだ」

「あっきーな様にはなしかけるなんて、ハードルが高過ぎんだよ!」

「たしかに。お前らには無理だろうな」


 多勢のちょいワルトリオだが、苦戦を強いられていた。そこに桜子が割り込んできた。


「ちょいワルトリオ、口撃が甘いな」

「クラコ師匠!」

「待ってました!」

「師匠自らが追い込んでください」


 ちょいワルトリオは、師匠降臨とばかりに沸いた。だが、桜子は太郎をいじるのにはもう飽きていた。


「それはならぬ。あくまで男子会ネタだ。私の出る幕ではない」

「なるほどーっ!」

「では、どのようにすれば良いか教えてください」

「せめて、ヒントだけでもっ!」


 4人が横ではなすのを聞き太郎はギクリとした。桜子が相手となればひとたまりもない。だが、桜子が本気でなかったから、太郎は逃げ切ることができた。


 キンコンカーンコーン ——————


 始業のチャイムが鳴った。みな自分の席へと散っていった。次々に埋まる席。だがその日、明菜の席が埋まることはなかった。欠席の連絡はあったらしい。だが担任は、その理由までははなしてくれなかった。


______


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