軒昂と消沈

 ロールケーキの美味しい喫茶店のロールケーキは1切れ500円。桜子に贈られたロールケーキは全部で137個にも及んだ。ライブハウスの控室。40分も延長して行われた特典会を終えたあとの桜子。


「あっ、2個入りじゃん! さすがは太郎。分かってらっしゃる」


 桜子は太郎から奪い取ったロールケーキを美味しそうに頬張る。他の135個には目もくれない。


「あまらせたらもったいないよ。どうする?」

「あぁ。テキトーにその辺のアイドルさんに配ればいいんじゃない」


「じゃあ、さくら君が渡したほうがいい」

「どうして?」


 桜子は言葉とは裏腹に幸せそのものといった顔をしていた。ロールケーキが美味しいからだ。竹田は戒めるように言った。


「このロールケーキ1個1個に、ファンの想いが巻かれてると思うべし!」

「ファンの想いは生クリームだったのか。けど、全部は食べれないよ」


「だから、君自身がお裾分けする必要があるんだよ」

「それもそうね。私、早速行ってくるわ」


 桜子はあいさつがてらに、控室内のアイドルをまわった。太郎から奪い取ったロールケーキ1個を残したまま。


 桜子の活躍をファン目線で見つめるアイドルもいた。


「さくらさくらです。あまりそうなんで、食べてください!」

「かっ、感激です。さくら様のステージ、最高でした!」

「私たち、早く入ったから袖から見学させていただいたんです」

「もう、大ファンになりました」


 中にはガン無視を決め込むアイドルも。ぴえんぴえんのメンバーの多くがそうだった。冷静に考えて、ファンを奪われたばかりなのだから仕方ない。だが、桜子がにっこり笑ってロールケーキを差し出すと、掌を返した。


「さくらさくらです。お近付きの印に、どうぞ!」

「………………。」

「………………。」


「たくさんあるから、もらってください、ねっ!」

「はいっ! いただきます」

「はいっ! いただきます」


 「ねっ!」のときの桜子の笑顔が半端ないのだ。ヤバイのだ。これこそ山吹った桜子の切り札ともいえる。桜子自身はまだそのことに気付いていない。だから余計だった。桜子は「ねっ!」を連発した。


 気が付いたときには、その場にいる老若男女を籠絡していた。


 桜子はライブハウスから出ることになった。


「お疲れ様でしたーっ!」

「さくら様、ご馳走様でした」

「美味しかったです!」

「FC作ったら入会させていただきます」


 全員に見送られ、ライブハウスをあとにした。残しておいた太郎から奪い取ったロールケーキを携えて。


 意気軒昂の桜子だった。




(いけない。つい長居してしまった……。)


 桜子の特典会が終わると同時にライブハウスを出た太郎。桜子を探す途中だったのを思い出した。そして、何度かメッセージを投げるのだが、既読さえつかない。このまま桜子が見つからなかったらどうしようと、太郎は不安だった。


 さらに不安にさせたことがある。ロールケーキの美味しい喫茶店のロールケーキ。1日200個限定の品だが、既に売り切れていた。それもそのはず。残っていたものは全て桜子が貢がせていたのだから。


(なんてこった。ロールケーキもご馳走してあげられないのか)


 意気消沈の太郎だった。


______


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