松田の野心
明菜は松田と事務所に戻った。そして松田の車に乗った。
「駒沢公園駅の直ぐ目の前で……。」
「知ってるよ、テレビで見たことあるから。かなり大きいよね」
「はい。この時間だと、井ノ頭通りの方が早いかもしれません」
「そうだね。渋谷を通らない方がいいだろうね」
松田の車は、美しく走り出した。代々木公園を西から東へ抜け、そのまま井ノ頭通りを直進。途中、環七で左折して南下。井の頭線・小田急線・世田谷線の順に横切った。しばらく進むとコンビニを見ながら右折、住宅街に入った。
水森邸はその区画のほぼ中央、駅寄りにある。どの住宅も大きいが、それを5つ6つほど合わせた敷地にある鉄筋3階建ての威風堂々とした邸宅がそれだ。思わぬ人脈を掴み思い上がる松田の野心を刺激するには充分な大きさだった。
(ここが俺にとって芸能界成功譚のはじまりの村だ!)
水森邸のガレージには高級車が3台並んでいる。松田は来賓用にしつらわれた4台目のスペースのど真ん中に小さい車を停めた。松田らしく几帳面に。ガレージ内の、この家に3つある玄関のうちの1つを、松田は明菜のあとから通った。
(いつかは、俺が先頭を歩く。俺は、全てを手に入れて見せる)
松田を出迎えたのは村人Aならぬ水樹美月だった。おとなしめのメイド服を着ている。松田はその姿を見て、水樹美月とは思わなかった。何より、テレビで見るのとは違い、元気というか、軽い。
美月がこうしてメイド服を着ているのは、来客を試すため。家主の妻に対する接し方と、使用人に対するそれを比べて、人物を測るのだ。といっても、美月本人は天才肌で、理詰めで測るというよりは、直感で判断する。
「いらっしゃいませ、松田様。ようこそ、水森邸へ!」
「はっ、はい。この度は突然に……。」
「……お気になさらずともよろしいのですよ。どうぞ、お寛ぎください!」
「あっ、ははははは。ですが、まずはご挨拶をいたしませんと!」
「それは気付きませんでした。ではまずは応接室へ。ささ、どうぞどうぞ」
「では、お邪魔いたします」
松田は、目の前の人物がこの家の使用人だと信じている。促されて応接室に向かうとき、気を緩めた。脱いだ靴をそのままにしたのだ。美月は笑顔でそれを、ただ見つめていた。
水森邸の応接室。松田は独り待たされた。そこに現れたのは、妙齢の美人。着物を着ている。松田には見覚えがあった。テレビに出ている水樹美月、そのままだった。美月が言った。
「ようこそお越しくださいました。これから末永く、よろしゅうお願いします」
「松田と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そのあと家主の渡辺にも挨拶した松田。首尾よくはなしをまとめた。そして夕飯をご馳走になって帰るのだった。
小さなライブハウスのロビー。さくらさくらの特典会。蓋を開ければ閑古鳥が鳴いていた。列を作ったのは、20人もいなかった。しかも、その半分は無料。ファンは、さくらと握手しながらライブの感想や自己紹介を述べた。
「桜井敦彦です! 超盛り上がったよ」
「うれしい!」
そのひとことで、10秒は過ぎていった。先頭のファンが剥がされ、次のファンが桜子の前に立った。」
「桜庭清十郎。柔道やってます!」
「どすこい!」
桜庭は「それ、相撲だから!」と突っ込む暇もなく剥がされた。
「桜田家族。カゾクと書いて、ファミリアと読みます!」
「ズッキュン!」
桜子は、どうでもいいと思った。
「黄桜修造。今日からさくらさん単推しでいきます!」
「ちょっといい気持ちぃーっ、イェイ!」
「雷坂新作。マイ・ネーム・イズ・シンサク・ライサカ」
「はっ、反則じゃん」
他にも、笠倉三郎・葉桜那由多・遊佐蔵人などが、無料で桜子と握手をした。そして、いよいよ太郎の番となった。
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