松田の持論
全て、明菜の我儘だった。全て、明菜のついた嘘だった。誰にも迷惑をかけずにいるつもりだった。だが、現実には太郎を傷つけていた。明菜にとって、それが大きな後悔となっていた。
「ロウくんごめんね。何だか全部、私の独り相撲って感じで」
明菜は、最初と同じことを言った。同じように半身になり太郎の方を向いていた。同じように、心の中ではまだ太郎を裏切っていた。正直ではない明菜はこれっぽっちも成長していなかった。
違うのは、涙が止まらないことだけだった。
本当は、涙を堪えて太郎に抱き付きたかった。抱きついてから泣きたかった。頭をポンポンと撫でてもらい、顔を上げて、はじめて太郎が涙を知る。そんな筋書きを描いていたのに、涙が止まらず、抱きつくことさえできなかった。
「いいんだ。いいんだよ、もう」
言いながら、太郎の方から明菜を抱き寄せた。人目をはばからずに抱き着いた。無心で抱いた。服が、明菜の涙でぐしゃぐしゃになるのを感じながら抱きしめた。太郎にはこれ以上、言葉がなかった。行為で伝えるのみだった。
明菜は太郎の胸の中で、顔を左右に振り、涙を拭った。撮影のときに施されたメイクはぐしゃぐしゃになり、太郎のシャツに写された。明菜が顔を上げたときには、明菜の目にはもう涙はなかった。
「キスしたい」
「うん。俺も」
そうして、2人は唇を重ねた。昨日振りのことだが、その数十秒のことが、太郎には懐かしかった。
頃合いとみた松田が、靴音も立てずに2人に近付いた。
「さて。太郎くんにはアイドルとの付き合い方を教えないとな」
「へぇっ?」
「まっ、松田さん……。」
「まず、金輪際、人前でのキスは禁止。自宅ではお好きにどうぞ」
「ふむふむ」
「まっ、松田さん……。」
「それから、手を繋ぐのもアウト。人前ではね」
「じゃあ、自宅ではありってことですね」
「まっ、松田さん……ロウくんも……。」
「あぁ、構わんよ。ただし、並んで歩くのも禁止。登下校もね」
「結構難しくないですか?」
「もっ、もう。2人とも……。」
「キス以上の関係は全面禁止。高校生だということを忘れないでね」
「じゃあ、大学生になったらいいんですね!」
「しっ、知らない……。」
明菜は、目の前のロールケーキをパクパクと食べた。お腹を満たしながら、嘘を全て吐き出す決心をした。松田のはなしが終わるのを待って、全てをはなそう。そう心に決めた。
松田の赤裸々な授業はまだまだ続いた。かなり具体的な内容だった。太郎はスマホでメモを取りながら聞いた。学校や塾でこれほど熱心に授業を受けたことはなかった。
それは、太郎にとって未来の設計図となった。太郎は、松田のはなしを聞きながら明菜との未来を想像した。とても楽しく過ごしていた。だが純粋無垢な気持ちとは違う。太郎の頭の中には、明菜とキスをしたそのときから、桜子がいた。
その桜子は、ライブハウスの控室にいた。竹田と特典会の内容について相談していた。竹田の事務所では、アイドル自身に金額設定させている。
「10秒の握手会は5000円!」
「高ーっ!」
「チェキはソロで1万円!」
「高ーっ!」
「2ショットは2万円!」
「高ーっ!」
「写メはソロで2万円!」
「高ーっ!」
「ムービーは30秒で4万円!」
「高ーっ!」
1桁勘違いの、強気とも無謀ともとれる価格設定が、次なるドラマを産むことになる。
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