明菜の嘘
テーブルに2人きりとなった太郎と明菜。
そこへ松田はスマホを残していた。集音マイクのアプリを開いた状態で。盗聴というつもりはない。少なくとも興味本位でそうしているわけではない。いくばくかの罪悪感は覚えたが、あくまで仕事と割り切ってもいた。
松田はここ数年で急激に電子化されたそれを咥えた。そしてイヤホンを取り付けた。直ぐにでも2人の声がするものと思っていたが、全くしない。1本目を消費した頃になって、ようやく聞こえた。
はじめは、明菜だった。明菜は、半身になり太郎の方を向いた。いろいろな想いを心の奥底に隠していた。大きな瞳にいっぱいに涙を溜め込んだ。それがちょうどよくなるのをじっと待ち、言ったのだった。
「ロウくんごめんね。何だか全部、私の独り相撲って感じで」
そう切り出したのも、涙を堪えているのも、全て計算づく。自分を責めることを言えば、太郎はかえって自分を庇ってくれる。ここ半年の太郎は、そんな優しさを常に明菜に向けていた。だから、意外だった。
「本当に、その通りだよっ」
「えっ……。」
「えっ」っと言われた太郎も意外だった。横にいる元カノだか今カノだか曖昧な存在が、どこまで自分に正直なのかさえ分からなくなった。アイドルを目指しているのを知らなかったのも、今更ながらショックだった。
「……勝手過ぎるよ。ちゃんとはなしてほしかった」
一言を振り絞るのに、太郎はまたたくさんの時間を費やした。そのあとの2人はポンポンと言葉を発した。中には売り言葉も買い言葉もあった。本心だけではなすには、2人ともあまりに準備不足だった。明菜の目から、涙は消えていた。
「そうね。でも、恥ずかしかったの」
「そうだよな。今更、アイドルなんてな」
「そんなことない! そんなことないよ。歌で人を幸せにできる」
「でも、それで! それで明菜は幸せになれるの?」
「何言ってるの? 幸せだよ。アイドルになって人を幸せにできるんだもの」
「俺は、ちっとも幸せじゃないよ」
「えっ!」
「辛いよ……。」
「ごめんなさい……私のせいで、ごめんなさい……。」
明菜はひどく後悔していた。明菜には急がなくてはならない理由があった。明菜は、母親が有名演歌歌手、父親が超絶人気俳優という芸能一家に生まれた。デビューするとなれば、全力で応援されてしまう。それが明菜は嫌だった。
両親と同じような道を歩みたい。そのためには両親の七光というものが、チートであり邪魔なのだ。明菜がオーディションに応募しなかったのは、それが理由。もし応募したら、両親が裏から手をまわすに決まっている。
両親のことは誰にもはなしていない。ずっと1人で抱え込んでいた。これからもそうするつもりだった。両親にも事務所にも、テレビに出ることが決まってから、ゆっくり説明すれば良いと思っていた。
他にもたくさん、嘘をついた。承諾書も偽装したものだった。今朝、桜子とみた着る人を選びそうなワンピースもキャッシュで買えてしまうのだった。
そのワンピースを着た桜子は、竹田とライブハウスの控室にいた。そして、ステージ衣装の打ち合わせをしていた。パフォーマンスが和太鼓と決まったので、和装を試すことにした。
「このハッピにしようか?」
「ちょっとおっぱいがきついです」
「じゃあ、この巫女装束にする?」
「ちょっとおっぱいがきついです」
「いっそ、着物にしてみようか!」
「ちょっとおっぱいがきついです」
「浴衣もあるけど、どうかな?」
「ちょっとおっぱいがきついです」
山吹った桜子のおっぱいはすごかった。着るものを寄せ付けない。竹田は和装を諦め、別の衣装を持ち出した。
「このセーラー服にしてみよう」
「破けました」
「チアダンサー風のはどう?」
「破けました」
「ゴリゴリのを試すしか……。」
「破けました」
このあと、竹田は何着もの衣装を持ってきては、桜子に着せた。だがどれも、桜子のおっぱいを正しく包み込むことはできなかった。そればかりか、ビリビリと破けるのだった。
「あのー。このワンピースじゃ、ダメですか?」
「そうだね。それが1番だね」
紆余曲折あり、衣装が決まった。
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