アイドルを支える

桜子のイロモノ

 ウエイトレスが美味しいロールケーキを運んでくる。若い女性がいるテーブルでは、インスタタイムとなるのが普通。だが、明菜はそんな気分ではなかった。太郎も食べたばかりなのを思い出し、手を付けなかった。


 松田だけは堂々と食べはじめた。腹を満たし、脳に糖分を供給し、考えたかったのだ。その行為にどれほどの即効性があるかは別にして、松田は自分なりに解決策を見出そうとした。


 現在進行形で付き合っているとなると、それだけ対応が難しいのだ。


「答えたくなかったら、答えなくていいけど。キスはしたの?」

「はい。最近は、外で会う度に毎回してます」


 太郎は正直だった。明菜も観念していて、落ち着いて聞いていた。


「それ以上のことは?」

「してません。まだ……。」


 明菜も太郎も顔が真っ赤だった。松田には、太郎が嘘をついているとは思えなかった。


「外でってことは、学校、おんなじなんだっけ」

「はい」


「同級生はみんな知ってるの?」

「公表したわけではないですが、知ってる人が多いと思います」


 松田は、なるべく尋問のようにならないようにと注意を払ってはいた。だがどうしても言葉がキツくなってしまう自分に気付いていた。それでも、ふーんと唸りながら呼吸を整えてから質問を続けた。


「一緒に下校したりするの?」

「はい。登校も一緒です」


「それは困ったな……。」


 アイドルにとって、登下校や校内はパブリックスペース。衆目に晒された場。そこでの恋愛沙汰は、さすがに厳しい。仮に今直ぐ別れたとしても、周囲から見て男っ気が抜けるまで2ヶ月はかかる。それでは、間に合わない。


「……安心してください。今日で別れますから」

「えっ?」


「さっき、フラれました。メールで。納得はしてませんが」


 安心どころか、それが松田の最も恐れていることだった。カップルでいる間は問題が起こりにくい。いわば静の状態。逆に、問題が起こりやすい動の状態が、別れた瞬間なのだ。松田にとって、最悪の事態だった。


「納得してないって、どういうこと?」

「一方的でした。メールですからね」


「返信しなかったの?」

「しようと思ったら、幼馴染に……。」


 太郎は、桜子のことをどこまではなすべきか、直ぐには判断がつかずに言い淀んだ。太郎が結論を見出す前に、松田が質問した。


「幼馴染? ひょっとして、今朝、明菜くんと一緒だった子?」

「はい、そうです……明菜に俺のことを頼まれたって言ってました」


「納得してないんだったら、別れなきゃいいのに」

「えっ? いいんですか!」


 それまで黙って聞いていた明菜が、立ち上がってそう叫ぶ。ドンとテーブルを突き、前のめりに上半身を乗り出した。2本の細腕がぎゅっとおっぱいを挟み込むと、おっぱいはぷるんと揺れた。正面にいた松田は眼福と役得を感じた。


 松田はおもむろにポケットから何やら取り出す。それを携えて席を立った。身が保たないからではない。太郎と明菜に2人だけではなす時間を与えるために、わざとそうすることにしたのだ。


「さて、食後の一服といこうかな」


 そして喫茶店の隅に用意された、背の高いプランターで目隠しされただけのその場所へと消えた。


 テーブルには、左右に並んだ太郎と明菜の2人と、2人分のロールケーキだけが残された。明菜にすれば、桜子と食べるはずだったロールケーキである。




 

 その桜子は、竹田とはなしていた。ライブハウスの控室。竹田事務所のアイドルは、イロモノとして扱われている。何か楽器を演奏して歌うというのが名物だった。竹田は桜子のストラップを確かめて、楽器を用意した。


「これ、弾いてみてよ」

「かっちょいいギターですね」


「ベースだけどね」

「まぁ、まぁ。とりあえず、Dいってみますっ!」


「それ、Cだね」

「そっかそっか。じゃあ次こそ!」


「うーん、Gだね」

「あれれれ、おかしいな。こうだっけ?」


「あー。それはAmだね」

「こう?」


「……Em……。」


 そのあとはF・C・F・Gと、見事にカノン進行を完成させた。だがそれ以上、桜子には何もできなかった。


「ベースなんて弾いたの、はじめてなんです!」


 竹田には信じられなかった。素人にしては筋が良すぎるのだ。少し練習させれば、ものになるかもしれない。だが、あと数十分ではさすがに間に合いそうにはない。それでも、どうしても諦めきれずに聞いた。


「えっ? じゃあ、何だってそんなストラップを?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいーっ」


 竹田は諦めた。


「まぁ、いいよ。何かできる楽器はないかな?」

「……和太鼓、くらいです……。」


「たしか、車に積んであったな」


 イロモノ枠確定の楽器演奏は、割とあっさりと和太鼓に決まった。


______


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